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【あらすじ】
尾張国の木曽川川岸で商いを手広く扱っていた生駒家で、荷駄隊を差配していた橋本一把。堺で伝来間もない鉄炮の威力に魅せられて、儲けの殆どをつぎ込んで買い求めてしまい、生駒の主人を始め、皆から白い目で見られてしまう。それでもこの武器が日本を変える渦になると確信する一把は、娘の吉乃目当てで生駒家に出入りしていた吉法師(織田信長)に見せる。信長は鉄炮の威力を認めて戦闘に取り入れるが、周囲はなかなか鉄炮を理解しない。
出世欲もなく、妻のあやを愛する一把は、鉄炮の威力を周囲に認めさせることしか頭にない。近江国国友村の鍛冶が鉄炮の国産化に乗り出すと、一把は藤兵衛という腕利きの職人と技量を認め合い、知恵を絞る。玉も鉛に工夫して、鉛を産出する鉱山に渡りをつけて確保する。
しかし日本では玉薬を作る塩硝を産出することができないため、明もしくは南蛮からの輸入に頼らざるを得ず、一把は塩硝を求めて種子島へと赴く。その航路で一把と同じく「日本一 てつほう」の旗を掲げる雑賀党の雑賀孫市と出くわす。孫市は明で硝薬の価値を読み取って、商いを独占している王直といち早く手を結んだため、一把まで硝薬が渡らない。伝手を辿ると本能寺の門徒衆が種子島で塩硝を生み出す作業をしているという。その教えを受けて、何とか塩硝の確保に乗り出そうとした。
戦で瀕死の重傷を受けた一把を、信長は働きが見込めないとして見捨てようとする。しかし一把は信長に、天下を取るための秘策を献策する。楽市楽座によって富を稼ぎ、国友村と堺を制して鉄炮鍛冶を統べ、本能寺を使い塩硝を独占するために、一刻も早く上洛すべき、と。
桶狭間の戦いでは雨と機動力のため、一把は活躍の機会を逃した。但し木下藤吉郎(秀吉)が指揮する墨俣の一夜城を築城する際は、「死地」と言われる難所で鉄炮隊が活躍して、秀吉を擁護する。そして信長は一把の望み通り上洛して、塩硝ルートを抑えることに成功した。
*火縄銃(ウィキペディアより)
その後、数々の戦場で鉄炮隊は威力を発揮していくが、信長は一把を認めない。柴田勝家や佐々成政、前田利家ら一軍を率いる武将が出世していく中、鉄炮頭で据え置かれた一把は、信長から武田信玄暗殺を命じられる。一把は苦難の上信玄に近づき、影武者を見破って目的を遂げるも、信長から感謝の言葉はない。長篠の戦いでは、運の悪い一把を柵の外に出して、まるで生賛のように扱った。
ある日突然信長は一把を理解する。「したり顔」の一把は、他の家臣のように名誉と金と女を求めることはせず、ひたすら鉄炮に明け暮れている。そんな欲のない一把を、信長は信用できなかった。その一把は、石山本願寺の戦場で鉄炮に魅せられた雑賀孫市と再会する。鉄炮道を貫いた一把は、孫市の鉄炮によってその身体を撃ち抜かれた。
【感想】
信長に仕える専門職を描いた「テクノクラート3部作」の最後にあたる作品だが、時系列を考えて最初に紹介する。鉄炮(本作品では「砲」ではない)に魅せられ、鉄炮を有効に使うための戦術に心をくだいた橋本一把。一把は鉄炮を、乱世から平穏をもたらす渦として期待し、引き金を引く度に「南無マリア観音」と唱え、敵が極楽浄土で往生するように祈る。
対して信長は、鉄炮という新兵器を徹底的に利用し尽くして、「天下布武」に邁進する。その戦いは、敵に対して「地獄に落ちる」ことを念じている。最初は鉄炮という新兵器で結ばれた2人だが、職人と覇王、次第にその思いは乖離を招く。遂に信長は一把に、役立たなくば捨て去る気持ちで当たる。
対して一把は、職人にありがちな目の前の「技術」に対して入れ込み、それを向上させて戦いの図式を替えたいという「野望」を抱いている。しかし金や地位、そして女にも関心のない一把を、信長や周囲は理解できない。そして同じく鉄炮に魅せられた鉄炮鍛冶の藤兵衛が、敵に鉄炮を売り渡したことで、信長は命を奪うように命じる。しかし一把がその命に従わないために、さらに信長は一把を見る目が厳しくなる。
*塩硝(金沢市崎浦公民館)。江戸時代は禁制だった塩硝を、加賀前田藩は富山の山中で密かに製造した。
本能寺から種子島へと渡る塩硝ルートは、20世紀も後半になって注目された説。塩硝は当時は輸入に頼るしかなく、法華宗の種子島氏によって本山の本能寺と繋がり、信長もルートを抑えるために、京都では本能寺を定宿にしたとされた。そして「剣豪将軍義輝」でも登場した明の商人で、倭寇の頭領でもある王直が、先駆的な商人として登場しているのは興味深い。
本作品を読んで、似たような話を思い出した。明治維新になって、薩摩藩の村田経芳は、当時(明治8年)西郷派と大久保派で対立する中でも政争には無関心で鉄砲の研究に明け暮れ、希望通り洋行して鉄砲の開発に取り組み、最初の国産銃である村田銃を開発することに成功する。その後も改良を加え単発式から連発式にと進化し、世界に比する水準に到達、日露戦争にも貢献した。
技術者はその「システム」に没頭して、時に他が見えなくなるほど集中する。そのような人はいつの時代にも生まれるが、時に時代に恵まれて成功し、時に時代に恵まれず取り残される。「現世利益」のみを信じた信長には、一把のそんな欲得から離れた思いが理解できなかった。
しかし弟は自らが負傷して止めを刺してもらうとき、鉄炮で絶命することを望んだように、命をかけた鉄炮でその死を迎えることになった。そして一把には、20年以上も相思相愛を続けた妻あやがいた。
それだけでも恵まれた人生だったと思いたい。
*こちらに「鉄砲の虫」村田経芳の挿話が書かれていました。
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