小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19-2 炎立つ(ほむらたつ)② 高橋 克彦 (1993)

【あらすじ】

<第二部>

 安部頼時の娘で、藤原経清の妻となった結有。本来は子供とともに処分される立場だったが、屈辱に耐えて敵である清原家に再嫁し、母子ともに生き延びる。経清の子清原清衡は厳しい運命に晒されながらも、亡き父と母の思いを抱いて成長する。源頼義に味方したことで奥州の覇王となった清原家は異母兄弟が多くいて、その兄弟間が争い、頼義の子源義家が介入して後三年の役が勃発する。

 

 清原家の嫡男、真衡を源義家が味方したために、敵対した清衡は同じ結有を母に持つ家衡と共に戦い大敗するが、直後に真衡が急死してしまう。遺領を清衡と家衡が2分することになったが、家衡は相続に不満を持ち清衡の屋敷を急襲、清衡の家族もろとも殺害してしまう。しかし1人何とか生き延びた清衡は、今度は源義家に支援を求めて家衡を打ち取り、後三年の役は決着を見る。

 

 ここで清衡は策略を用いた。清衡は朝廷に黄金をばらまいて、この争いは清原家の私闘であり、朝廷は関与しないようにと運動する。結果源義家は恩賞を受けることなく陸奥守も解任され、清和源氏による奥州への介入を阻止した。

 

 清衡は清原家で最後に残った相続人としで、奥州の遺領全てを相続することになる。そして実父の姓、藤原に戻り、その後二代目基衡、三代目清衡と隆盛を極めた奥州藤原氏の礎を築く。

 

 清原清衡ウィキペディアより)

 

<第三部>

 藤原清衡が作りあげ、二代基衡、三代秀衡と続いた「楽土」奥州支配。しかし朝廷からの侮蔑は終らず、三代秀衡は朝廷と対等に付き合える奥州を目指す。その「駒」に源氏の嫡流源義経を奥州に招く画策をするが、義経は意に反して平家への復讐心に凝り固まっていて秀衡の思い通りにはならず、後に奥州から離れ平家打倒を果たす。ところが朝廷から官位を受けた義経に、兄頼朝は酷薄にも決別する。

 

 平家を滅亡させた頼朝は、源氏の祖先たちが血を流した奥州を支配することだけでなく、平清盛が失敗した武士の政体のモデルとして、奥州の支配のしくみを探っていることを知る。頼朝と仲違いをした義経は秀衡を頼るも、秀衡は年老いて間もなく没し、四代泰衡の時代へと移っていった。泰衡は鎌倉との戦を避けるべく奔走するが、頼朝は奥州支配に固執し手を緩めない。

 

 そして「楽土」奥州を守るべく泰衡が取った手段は、誰にも考えつかないものだった

 

  *詳説山川日本史より

 

【感想】

 安倍頼時が灯した思いが、非業の死を遂げた婿の藤原経清を通じて子の清衡に受け継がれる。夫経清を死に至らしめた憎き敵である清原氏に、再嫁する決断をした結有。結有は経清の思いを子の清衡に託すため、「生きる」ことを決断した。

 清衡は母の思いを汲んで厳しい環境の中でも耐え、父の思いが成就する「その日」が来るのを待つ。同じく結有の子でもある異父弟、家衡に襲撃された時は、母の結有は清衡の妻と共に、清衡の心が揺るがぬように自害する。清衡は一時的に逆上するも、周囲に諭されて生き延びることを優先する。

 危険を回避するため、冷たい泥の中にじっと身を隠す姿は限りなく切ない。そして泥から上がった清衡はそれまでの人格が消え去り、復讐とともに蝦夷に「楽土」を作る使命が「覚醒」したかのように映る。

 楽土を作るためには朝廷工作をして、友であった源義家をも騙す決意をする。その手法は「清和源氏史観」、朝廷から恩賞がなく、代わりに義家自らが部下に恩賞を与え感激させ、「武士の棟梁」の座を築いたとされる「美談」を利用する。そこから作者は新たな解釈を導き、奥州藤原氏確立の要因へと見事にすり替えたまさに作家高橋克彦の面目躍如。

 

  

 *源「八幡太郎」義家と後三年の役ウィキペディアより)

 

 その思いがリレーされて奥州藤原氏として栄えるが、四代目泰衡の時代となり、平家を滅亡させた源頼朝と対峙する運命が待ち受ける。またしても清和源氏による蝦夷侵略。ところがそこである思いが湧く。

 藤原国衡が述懐する。「奥州の敵役」であった源氏は、蝦夷の民を「人外の者」とせず、同等のものと見做して戦ってきた源頼朝はそのために蝦夷を朝廷から独立に成功した「先駆者」と捕え、その成功の秘訣を取り入れようとしていると悟る。

 大河ドラマの「炎立つ」は、高橋克彦の原作が遅れて脚本に追いつかず、やむを得ず最後の頼朝による奥州征伐は「清和源氏史観」で作ったと聞いたことがある。ところが作者高橋克彦は本作品において、奥州藤原氏の視点から「楽土」の完成とその「滅亡」に焦点を置いて描いた。15万騎を擁する騎馬武者軍団を使わず、自らの命を差し出す決断した泰衡。このことによって奥州の地が、そして奥州で行なわれた武士による支配のしくみが今後も生き残り、100年先の勝利を、見方によれば武家政権が続く700年に亘る勝利をもたらすと解釈した。

 歴史上偉大な三代目秀衡に対し、非力な四代目と扱われる藤原泰衡を、「光彩楽土」を夢見た先祖たち、すなわち頼時、貞任、経清、結有、清衡、基衡、秀衡の思いを受け継ぐ「真の支配者」として扱った。

 

負けて勝つ」。岩手県出身の高橋克彦が描く阿弖流為、そして藤原泰衡ら奥州人の決断は、日本人なら一度は耳にしたことがある、あの言葉に通じている。

 

堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す

 

  

 大河ドラマ炎立つ」で藤原泰衡を演じたケン・ワタナベ。同時に藤原経清も演じました(NHK)

 

 

*追記:今まで高橋克彦による奥州を舞台とした作品を「陸奥三部作」と記載していましたが、作者本人が「蝦夷四部作」と述べているのを見つけましたので、修正しました(「火怨」の前時代を描いた「風の陣」は完成に15年かかっています)。