小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19-1 炎立つ(ほむらたつ)① 高橋 克彦 (1993)

【あらすじ】

<第一部> 

 奥州に自らの手で王国を築きたい野望を持つ安部頼良(のち頼時に改名)。この男が灯した火種が奥州全土を覆い、130年に渡り代々奥州の地に受け継がれ、光輝く国とした。

 

 藤原経清は誇り高い武士でありながら、欲深い陸奥藤原登任に使われる一介の郡司に過ぎない。そんな経清が安倍頼良の次男、安倍貞任の婚儀出席のために衣川を訪れる。「俘囚」と蔑まれている安倍氏が、その胸の中に秘めていた「武士」として心意気に共感する藤原経清。その一方で陸奥守登任は安倍氏の富を知り、それを奪うために計略を企てて戦端を開く。

 

 戦が勃発すると、安倍氏を中心とした蝦夷側は一方的な手法に反発して、団結してこれを退ける。その中で藤原経清は郡司として朝廷側に属していたが、心は次第に敵方の安倍氏に引き寄せられていく。

 

 陸奥守が藤原登任から源頼義に交代し、朝廷も鎮圧に本腰をあげてきた。安倍氏は戦いを避けようと懐柔策も巡らすが源頼義は応じず、1051年、前九年の役と呼ばれる戦乱が勃発する。安倍氏の娘結有(ゆう)と結婚した経清は朝廷軍に属するも、源頼義の卑劣な采配、同僚である平永衡の謀殺、そして自らの心に嘘をつきながら戦場で戦わなければならない辛さが重なり、ついに朝廷を見限って安倍氏に味方する。戦いは一旦朝廷から大赦もあり、安部頼良は婿の藤原経清とともに源頼義の饗応に応じて平穏な日が続く。この時、安倍頼良源頼義と読みが同じ名を遠慮して「頼時」に改名する。

  

 藤原経清ウィキペディアより)

 

 1056年、源頼義陸奥守の任期が終ろうとしていたが、奥州支配を目論む頼義は謀略をもって安部の一族を挑発して戦いが再開する。安倍頼時は戦いを避けようと一族を説得するが、逆に攻撃されて命を落としてしまう。頼時の後を継いだ安倍貞任は、藤原経清とともに頼義に手向かい、黄海(きのみ)の戦いで激突、源頼義は息子の源義家ら7騎でかろうじて逃げ延びるほどの大敗を喫した

 

 頼義は局面を打開するために、同じ蝦夷の豪族清原氏を味方に引き入れることに成功し、安倍氏側は徐々に追い詰められる。安倍貞任は頼義の面前で息を引き取り、そして藤原経清も捕らえられる。「裏切り者」として恨み骨髄に達した源頼義は、面前に引き出され、苦痛を長引かせるため錆びた刀による鋸挽きで斬首され、ついに前九年の役終結する。

  *詳説山川日本史より

 

【感想】

 本作品において描かれた「前九年の役」と「後三年の役」。教科書的な記述では、安倍氏清原氏が敵と味方を行ったり来たりしたため、私は当初奥州の民族たちは筋を通さない人たちと思い、余り良い印象を持っていなかった(試験勉強の時、覚えづらかった「恨み」もあったのかww)。時を置いて本作品を読むと、そんな印象が見事に吹っ飛んだ

 自らの土地を支配されずに暮したていきたいと願う心。奥州を支配していた安部頼良が心の中で灯した思いが、松明のようになって次々と世代を超えて伝わり、時の流れは鎌倉時代と同じ130年にまで及んだ。それはまるで「火怨」でアテルイが灯した願いが、奥州において時代を超えて、そして人を超えて伝わっている印象を受ける。 

 朝廷から祖 (税)を要求されるが、見返りは何もない。それどころか「俘囚」と蔑まれ、「人外の者」と扱われる。果たしてそんな中で祖を出し続けるのが自然なのか。一度沸いた疑問はとめどもなく奥州に静かに、しかし広汎に広がっていく。朝廷に抵抗する安部頼時を中心とした奥州の首領たち。対して朝廷は武土の頭領と言える清和源氏源頼義を派遣する。

 源頼義ウィキペディアより)

 

 本作品では朝廷(中央)側として、鎮守府将軍源頼義八幡太郎義家、そして鎌倉幕府を開設した源頼朝と、3人の清和源氏が登場する。この機に奥州を手中に収めたい頼義にとって平穏は都合が悪いため、戦いを助長する動きも行う。

 当時は「地頭は転んでも土を掴め」と言われた時代。朝廷で権力を謳歌する貴族たちは私利私欲に走り、朝廷の領地を奪って自らの荘園を増加して、権勢をさらに高めることしか頭にない。その下で直接領地に赴任する国司は、更に税金を要求して支配者は幾層にも重なり、民はその幾層への租税を貢がなくてはならない。京を中心としたこのような不合理な土地支配体制は徐々に地方に波及し、平将門が本拠とした坂東(常陸国)から、この時代は奥州にまで広がっていった。そして源頼義はこの機会に、朝廷支配の「空白地帯」とも言える奥州での地盤を固めようと画策する。

 対して安部頼良の婿でもある主人公藤原経清は、安部氏を戦に引きずり出すことで支配している「楽土」を奪わんとする源頼義の魂胆を知り、憤りを感じる。その一方で頼義を中心とする武士が、朝廷にとっては本来相容れない存在であることに気づく。 平安時代、朝廷に対して武士の反乱が度々勃発し、そのたびに朝廷は「武士」を派遣して鎮圧してきた。ではその武士が自ら支配を宣言したらどうなるのか

 その地にあるものが、民と力を合わせて「楽土」を作り、自ら支配する。その壮大な実験が奥州で行なわれようとしていた。

 

nmukkun.hatenablog.com

高橋克彦蝦夷四部作」の第2作です。(「風の陣」はスルーしました)