小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 天上紅蓮(白河法皇) 渡辺 淳一 (2011)

【あらすじ】

 摂関政治が急速に終焉して院政が始まった時代に、権勢を一手に握った白河法皇。63歳にして溺れた女性は、5歳の娘の頃から目を付けていた璋子 (たまこ)。馴れ初めは、璋子が愛人である祇園女御の養女、言わば義父である法皇と3人が同じ床にいて、女御が居ない時に、床の中で戯れるうちに結ばれてしまったもの。璋子が14歳の時に初めて交わって以来、白河法皇は若くたおやかな身体に夢中になる。

 

 璋子も白河法皇に夢中になる。50歳年上の法皇によって開発された身体は、法皇を慕って「法皇さまぁ」とロにしながらお互いを求め合う。純粋とも異常とも思える愛の世界が続く。

 

 法皇の璋子への倒錯した思いは、徐々にエスカレートする。璋子がつぶやいた男性の名前を法皇は聞くと、その男性は即刻朝廷から追放される。璋子が自分の死後も社会的な地位を得て暮らせるようにと、自分の孫である鳥羽天皇に璋子を嫁がせ、天皇の母の立場となるよう強引に進める。

 

 天皇に嫁ぎ待賢門院となった璋子だが、その後も法皇を慕い続ける。中宮となった相手の鳥羽天皇から求められても、月のものと称しては夜の営みを避けて、人目を盗んでは法皇の元に通う。対して鳥羽天皇も若い盛りでもあり、身体が璋子を求めるが、なかなか思いを遂げることはできない。

 

  

 *白河法皇ウィキペディアより)

 

 白河法皇は璋子が産んだ自分の子を鳥羽天皇の子として扱わせ、自分の生きているうちにと、鳥羽天皇を無理やり譲位させて幼い崇徳天皇を強引に即位させる。対して鳥羽天皇は形の上は自分の子である崇徳天皇を「叔父子」と呼んで遠ざける。

 

 璋子が29歳の女ざかりの時に白河法皇が77歳で亡くなると、璋子の運命は暗転する。鳥羽上皇も権力者であった白河法皇が亡くなって遠慮はなくなり、美福門院得子に溺れ、璋子は1人取り残される。

 

  「法皇に心底愛され、夜、殆ど一人で過ごすことなど殆どなかった躰が疼きおさまることがなく、そこまで女体を燃えさせ、成熟させておきながら、29歳の女体を残してこの世を去り、そのまま取り出すとは、あまりに無情ではないか」と作者は語る。

 

 璋子は取り残されたまま41歳で出家し、その3年後崩御する。

 

 

 *待賢門院璋子(ウィキペディアより)

 



【感想】

 「失楽園」の渡辺淳一が描く歴史小説。その描く対象としては、日本史上見渡しても白河法皇に勝る人物はいない。蛍の入った竹籠を薄精一枚を着て眠っている璋子の秘所にかざし、蛍の光に照らされたその美しさに魅了される法皇が描かれている。その表現と設定はまさに渡辺淳一。50歳も年下の璋子をひたすら愛しぬき、その邪魔になる者は、容赦なく朝廷から追放する。

 愛する璋子と自分の間に出来た子供を皇位に継がせたいがために、自分の孫と結婚させ、璋子の将来を考えて中宮の立場に押し込む。しかも孫に嫁がせてからも2人の夜の交わりは続く異常さ。これでは「孫」の鳥羽天皇も収まらない。祖父が独裁的な権勢をふるって抵抗できないがために、「怨念」が心の中に熟成される。結果父親は明らかに祖父の白河法皇でありながら、自分の子として生れた崇徳天皇を「叔父子」と呼び、冷酷な目で見ざるを得なくなる。

 愛される藤原璋子。後三条天皇中宮白河法皇の母となった藤原茂子(藤原能信の養女)の流れを汲む閑院流一族の一人。時の権力者であるが50歳年上の白河法皇から愛され、毎夜のように睦み合い、そしてその身体がなくては身体の疼きが抑えられないほど「洗脳」されてしまう。

 

  

 鳥羽法皇白河法皇の孫でありながら「祖父の愛人」を中宮とし、その子は「叔父」にあたったとされる(ウィキペディアより)

 

  「洗脳」という言葉は適当でないかもしれないが、白河法皇の指示通りに孫の鳥羽天皇に嫁ぎ、そして嫁いだ後も白河法皇と夜を共にするのはどのような気持ちか。璋子は鳥羽天皇の子供も含めて7人も生むが、渡辺淳一妻として、そして母親としての気持ちはついぞ記さない。物語を白河法皇と璋子の「純愛」に集約させたため、璋子を「Love Machine」のように描く。

 璋子は29歳で白河法皇に先立たれ、以降は夫の鳥羽上皇からも遠ざけられるが、鳥羽上皇からすれば当然の処置。璋子を見るだけで「思い出したくない記憶」を連想してしまうし、璋子も夫の鳥羽上皇へは負い目がある。

 鳥羽上皇の次男、三男は身体が不自由で即位の資格がなかった。後の後白河天皇(璋子の子)は四男だか璋子の子のため、得子の子である五男を近衛天皇として即位させる。その近衛天皇が早死したために、本来は「長男」崇徳天皇の子が天皇になるはずが、それだけは絶対に許さない鳥羽上皇が「弟から兄へ」、五男から四男へと異例の皇位継承を行った

 その禍根は保元・平治の乱を巻き起こし、武家政権が生まれるきっかけとなる。「望みしは何ぞ」の主人公、藤原能信の養女茂子が産んだ白河天皇は「怪物」に成長し、そして年老いてから茂子の甥が産んだ璋子に惑溺することで、皇室が大きく歪んでしまった。「天下三不如意(加茂川の水、双六の賽、山法師)」を詠った白河法皇。だが、後世に与えた影響は余りにも大きい。「望月が欠けない」藤原道長の子がきっかけで養女をはさんだ三代目が、摂関政治どころか、朝廷支配を崩壊に導くことになった。

 但しその含みを本作品では記さず、50歳の年の差を乗り越えた「純愛」を描き切ることで終えている。倒錯的ともいえる白河法皇の思いと、その全てを受け止めた璋子。その結果、皇室には修復できない傷跡を残した。

 周囲を顧みない、歴史を変えるほとの「純愛」。これこそ渡辺淳一の小説そのものである。

 

nmukkun.hatenablog.com

藤原道長の子能信の養女茂子が産んだ白河法皇は、摂関政治どころか貴族社会をも崩壊に導くことになります。