小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

17 社長室の冬 堂場 瞬一 (2016)

【あらすじ】

 日本新報記者である南康祐は、誤報事件を引き起こし、また会社にとって不利益な情報を握る危険人物であるとみなされ、記者の立場を剥奪されて編集局から社長室へと異動させられた。

 日本新報社は日本を代表する巨大新聞社の1つであったが、発行部数の減少により経営危機に陥っていた。社長の小寺政男は外資系IT企業AMC社への身売り交渉を始めていたが、突如急死、九州に左遷されていた新里明が急遽後任社長に就任することとなり、売却交渉を引き継ぐ。

 南は新里社長のもとでAMC社との売却交渉を担当する。交渉相手のAMCジャパン社長青井聡太は、元日本新報の記者で、海外勤務の約束が反故にされたことから退社した過去を持つ。社内は売却に反対する意見が多く、労働組合や会社OBから反発を受け、創業者一族や政治家も絡み、売却阻止が画策される。

 

【感想】

 警察小説とスポーツ小説が主の堂場瞬一だが、元々新聞記者出身で、その「古巣」を舞台に描いた「警察回りの夏」「蛮政の秋」に続くメディア三部作の完結編。

 第1作「警察回りの夏」は、地方勤務の記者の南が特ダネを前に東京への異動を焦る心と、記者としての倫理の間に揺れ動く姿を描く。

 第2作「蛮政の秋」は大手IT企業「JPソフト」から民自党議員への献金を記したリストが添付されていたメールが南の元に届く。調査に乗り出すが、誤報を書いてしまった経験から情報の扱い方に悩む。

 

 そして完結編となる本作品は、新聞社そのものの存続をテーマに描いている。主人公に試練を与えながらもスケールをどんどんと大きくさせていくのは、堂場瞬一の筆力によるもの。前2作は記者として「特ダネを獲る、獲られる」の緊迫した心理描写があったが、今回は社長室勤務ということで、社内政治や反対勢力、そしてかつては同じ新聞記者だった買収側社長と「資本の論理」を背景にする交渉に立ち向かわなくてはならない。南は元々「ネタ」に食いつく記者としての才能があったため、タフな心で仕事に対峙する。

 そして買収の条件が、紙の新聞の発行停止。販売店の人不足やコスト、そして「押し紙」の問題などが現実として残る現代、新聞発行部数は減少の一途を辿っていき、情報はネットから調達する時代に移っている。理屈では「紙」がどれだけ非効率かが理解できても、マスコミとしてのプライドが残る新聞社は「紙」を捨て去ることができない

 

nmukkun.hatenablog.com

*家電業界でも、分業に特化できず、名門メーカーが次々と凋落していきました。

 

 そのため売却交渉は難航。南の同期は会社に見切りをつけて続々とやめていき、また労働組合から会社OBまで多方面から徹底的な反発を受ける。日本新報社の創業者一族であり個人筆頭株主である「社主」や、与党の大物政治家も絡み、売却阻止が画策される。

 ここで場面は買収する側のAMCジャパン社長青井聡太に移る。青井も単に以前勤務した会社への恨みつらみではなく、親会社の「資本の論理」に圧力を受ける立場としても描かれている。そんな中で、かつて勤務した新聞社がどのように生き残るべきなのかも考える1面も見せている。ちなみにWOWOWのドラマでは、主人公を青井に据えてその複雑な人間性を描き、そして「ハゲタカ」を思わせる、原作とは離れるが味わい深い結末を用意した。

 現実には新聞社も色々と手を打っていて、すぐにどうなる、という話ではないはず。但し一般にはそのように思わせる環境に置かれ、かつて新聞社に勤務していた堂場瞬一は、過去への憧憬と惜別を込めて、1つの方向性を「容赦なく」描いた。最後に主人公の南が選択する道。それは外資企業では理解されない「沈没船に最後まで残る船員」の心情であり、そのまま堂場瞬一の気持ちにもなっているのだろう。

*私は本作品を読むと、どうしてもこちら(会長室篇)を重ねてしまいます。