小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 空洞産業 江波戸 哲夫 (1996)

【あらすじ】

 川崎市に構える3つの下請け企業。従業員190名で年商52億の樹脂加工業を営む大沢工業所。従業員350名で年商48億円、部品組み合わせ作業を行う山崎ハーネス。従業員30名の板金業者、加藤興業。それらは「産業空洞化」に直面し、親会社からの受注削減などで、それぞれ会社存続の岐路に立っていた。

 会社を継承するか迷う者。海外進出、多角経営、新しい技術の開発、そしてリストラなど、会社存続をかけて様々試みるが、それぞれに難問が待ち受けている。

 

【感想】

 産業空洞化の言葉は、1985年のプラザ合意による円高傾向から盛んに登場した。円高により輸出品の価格は上昇し、国際競争力が下がったため、工場を海外に移転して、価格を下げる必要性に迫られた。

 但しこのことは、実は「太古」から繰り返されていた話でもある。ローマ帝国や中国王朝の繁栄と、その繁栄にあぐらをかいて、近隣国の侵略を受けた歴史。イギリスやフランスが植民地支配による低廉な労働力によって繁栄を謳歌したが、植民地が独立していくことで繁栄が閉ざされた歴史。

 そしてアメリカも繁栄により労働賃金が上昇して、国際競争力を失っていった。トランプ前大統領の選挙戦で話題となった「ラストベルト(ラスト=錆で、使われなくなった機械を意味する)」は、以前製造業や重工業などの中心となったアメリカ北東部の地域を指して、深刻な雇用問題が起きていたが、現在は脱工業化で少しずつ改善に向かっている。

   

*「縄を買って糸を売った」と言われた、ニクソン大統領と佐藤首相による沖縄返還交渉。ニクソンが日本に求めた繊維の輸出制限は、その後激烈になる貿易摩擦交渉を予兆していた。

 

 日本も同じ道を歩んだ。戦後、ゼロからスタートした日本経済は「所得倍増計画」などで徐々に繁栄したが、繊維、造船、鉄鋼などがまず競争力を失い、続いて自動車、そして電機業界などに伝播していく。ただ以前の日本経済は、競争力を失った業界の労働力を、次に発展していく産業が吸収していくことができた。しかしこの時期になると、新たなに吸収する成長産業が見当たらないという問題も同時に起きた。今から思うと、その後はIT業界が日本経済を牽引することになるが、IT業界が製造業の労働力を吸収することはなかった。

 本作品は、親会社の意向を受けやすく、かつ当時の「産業空洞化」の影響を受けやすい業種の会社を3社設定して、それぞれの立場から下請け企業が受ける問題点と打開策を描いている。但しどれも一朝一夕で行なえる対策ではない。

 第1の処方箋。新しい分野への参入は、当然そこでも競争はあり、かつ技術力やマーケティングでも既存の競合相手に有利な「武器」があるかが問題になる。

 第2の処方箋。新しい技術の開発となると、それだけの技術があれば、そもそも苦境に至らない。

 第3の処方箋。コストダウンのために海外進出となると、現地での苦労と技術力の移植ができるか、そしてなによりも資金調達が必要になる。

 そう考えると、一番手っ取り早いのはリストラとなってしまう

 

 登場人物の一人加藤洋平は、空洞化に対する特集を見て疑問に思う。そこには産業空洞化は、海外生産で乗り越えていくことが望ましく、また過去の産業が衰退した時には空洞化という言葉は使われなかったと書かれている。そんな主張は、中小企業の現状を全く理解できていないと嘆いている。

 個人的な話題になるが、加藤洋平が空洞化を調べるために、川崎市の前に空洞化を経験した大田区町工場の状況を調べる部分は興味深かった。昭和40年代から公害問題などで地方へ移転を迫られた親工場たち。そして下請けの町工場は地方についていくか、そのまま残るか、そして廃業するかに迫られる。

 私は子供のころ、大田区の町工場に行って、その盛況振りを覚えているが、30年経過して訪問したとき、その盛況は全く途絶えていた。子供の時に訪問した後、オイルショック円高などを経験し、更なる「空洞化」が次々と押し寄せて、大田区だけではなく日本の町工場はその波に呑まれていく。