小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

10 銹色の警鐘 渋沢 和樹 (1997)

  Amazonより(中央公論社

 

【あらすじ】

 東洋新聞社の記者井伏洋介は謀略に巻き込まれていた。身に覚えのない大麻所持で逮捕されて、犯行を否認したまま2年半、容疑否認のまま公判が続いている。社内では好奇心の視線にさらされて、肩身の狭い立場で事実上の左遷となっている。そんな中、町工場を経営して蒲田から長野に移転した父から、新たに立ち上げるプロジェクトの取材を依頼されて工場に赴く。しかし、そこは父が殺害された現場だった。

 前歴もあり、父殺害の容疑者とされる洋介。自身の潔白を証明するためにも自ら調査を進めるが、そこで父の協力者から「プロジェクト・AKIKO」という次世代型PDA(携帯情報端末)を開発するプロジェクトの存在を知らされる。そしてこのプロジェクトを阻止しようと、アメリカと台湾で謀略が巡らされ、洋介は身の危険に晒されることになる。

 

【感想】

 「小説・半導体戦争」ではRAM(Random Access Memory)とROM(Read Only Memory)について説明したが、今回のテーマはCPU(Central Processing Unit)。中央演算処理装置とも、マイクロプロセッサともいうこともある。簡単に言えばコンピュータの頭脳だが、マウスやキーボードなどの「指令」を、RAMやROMなどから情報を取り出して、ディスプレイなどに表示したり、改めてRAMやROMに情報を格納するなど、制御と演算を担当するというのが「乱暴な文系的」説明。

 半導体による日米貿易摩擦は80年代がピークだったが、その後コンピュータの製造は、労働力が日本よりも低廉なアジア諸国に移り、半導体の生産地はアメリカからアジアに移った。その中でも当時は台湾が製造工場として有名で、半導体の生産で日本を凌駕した韓国も、台湾を中心としたアジア諸国に輸出を行い、半導体を巡る「勢力図」は10年で様変わりとなった。ちなみにゴルゴ13で、台湾におけるコンピュータの違法コピーを大量生産したことに対してアメリカ側が制裁を加える「黄色い害虫」を描いたのは1989年。ゴルゴ13はどの分野でも時代の先端を描いていることに改めて驚く。

 その中でもCPUはインテル社の1人勝ちが続いていた。RAMやROMは汎用性が効くが、CPUに関してはなかなかインテル製の代替製品の製造は困難で、当時は追い込まれた大国アメリカの「最後の希望」とも言えるものだった。この牙城にクサビを打ち込もうとするのが日本の町工場という設定。製造業の「くくり」でも触れたが、当時は産業空洞化が叫ばれた時代。蒲田の糀谷地区を中心とする技術集積地帯に存在していた町工場が、片や海外に、片や地方にと移転していった問題も含めてこの作品は描かれている。

 

nmukkun.hatenablog.com

*モノづくりの象徴、大田区の町工場を舞台に描いた作品です。

 

 作者の渋沢和樹(本名は渋沢和宏)は当時の日経マグロウヒル(現日経BP)に入社し、経済記者としてスタートし、日経ビジネスの編集者を経て日経ビジネスアソシエの初代編集長として活躍した。本作品の主人公を新聞記者としたのも身近な存在だったのだろう。そんな中でバブル崩壊後、産業空洞化が叫ばれていた当時の大田区の町工場の「惨状」を、日経ビジネスの記事で読んだ記憶がある。「空洞産業」でも触れたが、私は糀谷の町工場は思い入れがあり、その様子を「銹色の街」という表現で克明に描いているのを、興味深く読んだ(但し、「謀略」の話はちょっとなじまないかも・・・・)。

 当時の携帯の「アメリカを脅かす」画期的な製品が、大きさが文庫本サイズ、重さは350グラム。メモリは標準で32メガバイト。カード2枚搭載して、会わせて1Gバイト。これで当時最先端だった台湾のROMに対抗するという。今から見ると、「賞味期限」切れとも言える話だが、当時は極めて最先端な話。

 蛇足だが、作者は高校時代、ワタミの渡邉美樹と同窓だったという。

 

nmukkun.hatenablog.com