小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

8 幽体離脱殺人事件 (吉敷竹史:1989)

【あらすじ】

 警視庁の吉敷刑事に、三重県二見浦の夫婦岩で、2つの岩を結ぶ注連縄に、首吊りされた中年男の死体が映った事件現場の写真が届く。死体の所持品には、吉敷が酒場で知り合った京都在住の小瀬川杜夫の名刺があり、吉敷は偶然に驚く。

 一方妻の小瀬川陽子はひどい躁うつ病に悩ませている様子で、中学から大学までの親友森岡輝子に度々電話をかけていた。輝子は医者に嫁ぎ、現在は東京在住。子供はいないが金銭的に不自由のない生活をしている。いつも陽子から輝子に日常の愚痴ばかりを聞かされている。そして陽子は輝子に「布団の中から一歩も動けぬ」とのメッセージを受けて、輝子は陽子の自宅のある京都に向かうことになる。

 

【感想】

 「消える水晶特急」で元気な女性2人組を描いたが、今回も物語の主軸は女性2人組。中学から大学まで一緒の「腐れ縁」で、結婚後も電話でやり取りをする仲。但し描き方は前作とまるで逆。それこそ学生時代から続く、親友だからこそ心の底で繰り広げられる対抗意識、見栄の張り合い、そして奸計。今でいう「マウントの取り合い」が心の底で繰り広げられる。森岡輝子にとって小瀬川陽子は、心の底に想いを寄せていた男性に横からアプローチをして、大学でようやく離れられると思っていたら、なぜだか同じ大学に入ってはまた振り回される、但し直接苦情は言えない存在。それでも面倒を見続ける森岡輝子・・・ 「東京カレンダー」でありそうな話。

 そんな相手からの電話、そしてその内容が、自分の不幸話となる。躁うつ病の様子もあるが、自分の亭主をこき下ろしたり、自分の不幸を呪ったりといい話ではない。うつ状態の時は、隣の家の妻が浮気をしているのを糾弾し、また同級生で憧れだった津本と再会し付き合っている話など、輝子をいらだたせる時もある。元々陽子は輝子も憧れた同級生、津本との恋に破れ、その後4人いた恋人候補の内、「最下位」の小瀬川杜夫の甲斐甲斐しさに負けて結婚したのだが、そこからおかしくなったもの。「他人の不幸は蜜の味」。輝子も自分の立場が「上」にいると意識しているからこそ、電話で話を聞いている。

 この辺の事情は、アガサ・クリスティーの名作「春にして君を離れ」を思い出す。女学校からそのまま弁護士と結婚し子供も育て、自分でも、そして周りから見ても非の打ち所がない恵まれた人生を送っていると信じて疑わない主人公のジョーン。ところが一皮むければそこには人間の心理にある「ドロリ」した部分が見え隠れする。それを周囲はどう見ているのか・・・

 

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 そんな森岡輝子の意識を丹念に描いている。そして「上」から見るからこそ、陽子の話を聞き、助けに行くことになる。ところがそこで津本との偶然の再会。そして過去の思い出と現実、そして事件の背後にある「企み」が重なり合い、その境界がわからなくなっていく。混乱する輝子は知らない間に事件に巻き込まれていく。そんな輝子の心理の動きを、題名とも絡ませながらうまく描いている。

 では小瀬川陽子は森岡輝子をどう見ているのか・・・

 「良い女性」と周囲から見られるために自分を律し、我慢もして、良い妻、良い親友を演じてきた輝子。しかし真相が暴かれて事件から解放された輝子に、厳しい現実が襲い掛かる。結局は夫の、そして親友の呪縛から逃れられない現実。輝子が鏡を見ればそこには陽子の存在がある。陽子と輝子は「同じ穴の狢」であることが突きつけられる。

 ・・・と、つらつらと書いてきたが、これらは男性から見た「理屈」。女性からするとこのような心理は「理屈じゃない!」なんでしょうね。