小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 杖下に死す(大塩平八郎の乱) 北方 謙三(2003)

【あらすじ】

 勘定奉行を務め、お庭番の統括でもある村垣定行の妾の子、光武利之。剣を修行して成長したが、ある日父から目的を告げられないまま大坂に遣わされると、奉行所の与力大塩平八郎の養子、格之助と出会う。格之助は大坂東町奉行の与力で砲術指南の腕前だが、遠くから破壊する砲は武士らしくないと思い、光武から剣術について教えを乞う。

 

 格之助の義父大塩平八郎は、生真面目で自分にも律して生きている男だった。奉行所の与力時代は不正を決して見逃さず、上司と謂えども摘発の手を緩めない。奉行は大塩平八郎を信頼するも、正義を振り回すその姿勢に、煙たがる者もいた。大塩平八郎は自宅に「洗心洞」という塾を設けて、「知行合一」(本当の知は実践を伴わなければならない)を掲げる陽明学を教えていた。

 

 天保の大飢饉が起きて市中は米不足になり、日々の食事にも困る民が現れるが、幕府は米を大坂から江戸に回送する。大塩平八郎奉行所に、民衆を救済する策を何度も提出するも、上司は応じない。そこで自力で米を集めて困窮した民に分け与えようとするが、その量は乏しく米を貰えない者か多く出る。平八郎は力の及ばない自分自身と社会に、不満が鬱積していく。

 

 大塩平八郎と格之助に、敬意と共に危うさも感じる光武の前に、父村垣定行から蝦夷地で「命がけ」の仕事を命じられたと告げる間宮林蔵が現われる。林蔵は世間では米不足として騒いでいるが、大坂の豪商は米を大量に確保していると語る。それを分配すれば飢饉は起きないが、その裏には老中水野忠邦大老井伊直亮の権力闘争があり、米の放出には応じない。更には薩摩藩を中心に、豊作だった西国の諸藩が高値で売り抜けようと目論んでいた。

 

 義憤に駆られた大塩平八郎は、門人を従えて民衆と共に蜂起する決意をする。義父平八郎に萎縮していた格之助だが、剣を学ぶ過程で平八郎にも正対できるようになり、行動を共にする。危うさを感じていた光武は格之助を助けたいと望むが、2人は混乱に引き裂かれる。

 

  大塩平八郎ウィキペディア

 

 軍学者でもある大塩平八郎は蜂起を周到に計画したが、門人には幕府の内通者もいて、計画は半年で頓挫する。幕府側は周到に巡らせた「罠」を嵌めて、平八郎が暴いた幕閣の陰謀も、証拠を早々に押さえて闇に消し去ろうとしていた。それは間宮林蔵が以前光武に話した、平八郎の「義挙」の予測と一致した。門人は次々と捕まり、そして平八郎・格之助親子は逃亡するが40日後に自害した報が伝わる。

 

 格之助の最期に涙を流す光武は、林蔵が最後まで生き延びると予言した、幕閣の陰謀の証拠を握っている大井正一郎を斬ろうとするが、そこに父村垣定行が現われ、父から平八郎が蜂起することを利用した幕閣の企てをようやく知る。

 光武は父と別れ、そして侍を離れる決意をする

 

 

【感想】

 南北朝時代や戦国、そして中国の動乱の時期を描いた北方謙三歴史小説だが、江戸期を舞台としたものは、天明の打ち壊しの実像を描いた「余塵」や、本作品でも登場する間宮林蔵による蝦夷地探検の裏側を暴いた「林蔵の貌」など、まだ民衆の誰もが、江戸幕府が崩壊するとは思わなかった時代に、舞台の裏側から描いたものが多い。

 

  間宮林蔵ウィキペディアより)

 

 本作品の主人公も、ほかの歴史小説とは一線を画している。人物を描く北方謙三は、歴史から「素材」を選び出すが、本作品は大塩平八郎という「正義を振り回す」人物だと視野が狭くなるだろうと考えたのか、お庭番を統括する人物の妾の子という設定で、光武利之という架空の人物を主人公とした。

 しかも大塩平八郎との接点を、平八郎の養子、格之助の親友という、一歩も二歩も「主役」から離れた場所にしている。そのために大塩平八郎が見えない陰謀を、間宮林蔵や父を通して知らされる。また接点が少ない「主役」に対して主人公が徐々に惹かれる様子は、主人公が当初間諜という役割も合わせて、以前に取り上げた「汚名 本多正純の悲劇」と重なる。

 そしてそれは、北方謙三がデビュー後間もなく描いたハードボイルドの作風とも繋がる。やや斜に構えながらも、自分の力を頼りに社会の歪みを暴き出す姿勢。剣は強く自らを守る力があり、また社会の闇を暴く姿勢は持つが、大塩平八郎のようにその闇に正面から立ち向かう「知行合一」の姿勢にまでは至らず、その姿に眩しさを感じてしまう。

 大塩平八郎の乱と呼ばれる江戸時代の「義挙」を、いかにも北方謙三らしく描いた本作品。それは昭和22年に生まれ、学生紛争を行なうが「国」の大きさに挫折し、心の中に残り火を抱えた世代が書いたハードボイルドでもある。そして刀を脱して包丁に変えて料理人となった光武利之は、20年後の幕末の大坂で歴史の奔流のなかへと引き込まれ、心の奥に抱える残り火を再度燃やそうとする。2007年に書かれた、光武利之のその後の物語「独り群せず」は、団塊の世代が還暦となり、青年時代に正面から燃えることが出来なかった世代に対し、残り火を灯そうとするエールにも重なる。

 

 

 文中にある台詞「抱いた思いは、たとえ杖下に死すともやりとげたい」。「杖下」とは「木製の杖で打たれる罰」のことで「志に従って、刑罰を受け亡くなることがあっても、自分は本望だ」を意味している。

 幕府役人が首謀者となった反乱。ここから時代は「幕末」に突入する。

 

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