小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

6 消える「水晶特急」 (吉敷竹史:1985)

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【あらすじ】

 前面ガラス張りの展望台を持つ「水晶特急」クリスタルエクスプレス。女性誌L.Aの記者蓬田夜片子ら取材陣や著名人を乗せ、初披露として上野から山形県の酒田にむけて発車した。ところが間もなく、水晶特急は散弾銃を持った男にジャックされてしまう。男は女性客だけを人質にとり、展望車両に立て籠もる。

 男の父親は水晶特急を誘致した代議士・加瀬耕平の元運転手で、汚職に関わったために口封じとして殺されたという。加瀬を呼び出し、悪事を自白させるよう要求する犯人。しかし加瀬は脳梗塞で倒れていて、とても呼び出せる状態ではない。吉敷刑事はでいったん酒田に向かい、駅のホームまで加瀬を搬送することで何とか犯人を納得させ、水晶特急は走り出す。だがいつまで経っても水晶特急は酒田に到着しなかった。最後に停車した駅から酒田までの間に、水晶特急は忽然と姿を消してしまったのだ。

 

【感想】

 私は東北にゆかりがあるので、この「水晶特急」のルートはなじみ深い。列車消失という大掛かりなトリック。大向こうを唸らす「島田マジック」炸裂だが、本作品はそれだけにとどまらない(但し鉄道ファンから見ると、電化の問題等で首を傾げるむきもあるようだが)。

 ますは事件の構造。ちょっと長めの【あらすじ】に概要は書いたが、事件はそれだけではない複層的な構造になっている。そしてどちらかというと、影に隠れた事件の方が面白い。島田荘司は列車消失という大トリックを演じたが、それだけに頼らず、ミステリーの構造も手を抜いていない。

 次に、登場する女性が島田作品からすると、ちょっとカラーが変わっている。島田荘司の作品に登場する女性は、どこか陰のある人物を描く場合が多い、ところが本作品で登場するのは女性誌L.Aの記者蓬田夜片子と、その同僚で親友でもある島丘弓芙子(ワープロ普及前の作品のせいか、2人とも簡単に変換できない名前になっているww)。夜片子は車内にいて、犯行の状況を車外に発信する役割を担い、弓芙子は拘束された親友を心配するあまり、吉敷刑事に接近して何とか情報を得ようとする。本作品の発刊はバブルの幕が明けようとしている時代。その頃の元気な女性雑誌に勤める、前向きな女という感じが良く出ていて、今から読むとなぜか懐かしく思えてしまう。

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 *上の表紙といいこちらの表紙といい、時代を感じさせます。

 

 この2人はスピンオフ作品「消える上海レディ」でも登場し、こちらでは島丘弓芙子が主人公になる。女性雑誌編集者らしい積極的な、そして女性的な活躍をして楽しませてくれた。島田荘司の構想では、島丘弓芙子は将来副編集長としてサンタモニカに常駐して、取材記事を書く傍ら小説も書いているという。蓬田夜片子は結婚して子供も生まれ、都心のマンションに暮らして通勤するも途中で子育てのために退社して専業主婦になるらしい。ここまで具体的な構想がありながら、作者が多忙のため2作で終わったのは至極残念。「消える」シリーズをもっと続けて欲しかった(作者本人も「身体が二つあれば」と語っているが)。

 そして吉敷竹史。作品上では最後に出て来る完全な脇役だが、「偶然」乗り合わせた水晶特急で、警察組織から離れて、全てを1人で背負い込んだかのように対応している。まだ警察小説が定着する前、本格物のテイストを出すためにも、刑事というよりは名探偵の役割が必要なのだろう。

 最後は作者の島田荘司作中に出て来る「恋のクリスタル特急」の歌詞は、ツボに嵌まりました(笑)。これだけでも一読の価値アリ、です。

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