小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

13 龍臥亭事件 (御手洗潔:1996)

【あらすじ】

 御手洗潔が日本から去り、彼の活躍を発表していた石岡和己に読者の二宮佳世が相談に来る。御手洗は日本から離れて不在というも、自分の業をお祓いしたいと懇願される。結局石岡は彼女の求めのまま同行し、岡山県の小さな村にたどり着く。そこには龍臥亭と呼ばれる和風の建物による旅館があった。

 2人が到着したその日に旅館で殺人事件が発生し、その後連続殺人事件に展開する。それは昭和13年にこの村で起きた「津山30人殺し」を彷彿させるものだった。御手洗不在の中、石岡がこの猟奇的な連続殺人事件の解明に挑む。

 

【感想】

 昭和13年に発生した「津山事件」。横溝正史の名作「八つ墓村」(但し横溝の作品で、この作品だけは私の嗜好に合わない)、そしてその映像化でセンセーショナルなイメージを与えたが、島田荘司はこの事件に対して別の解釈を持っていて、一般に広がる「突発的で精神的に病んだ」犯人が起こした事件というイメージを是正したい意向があったという。

 この地方には独特の「夜這い」の風習があって、頭が良く人気者だった犯人の都井睦雄は村の複数の娘に夜這いをしかけ、娘たちも受け入れた。但し都井は結核で、その事実を隠していた。当時は不治の病と思われていたため、その事実が発覚すると娘たちは彼を排撃する。その復讐が大量殺人の主因であり、周到に準備された事件だったと考える。貫井徳郎の明治を舞台にした小説や、エイズが話題になった頃に上映された映画など、病の伝染をテーマにする作品は多い。また軍事色が強くなる時代の閉塞感も背景にあっただろう。2013年にこの事件を連想させる連続殺人事件が発生している。コロナによる自粛と時代の閉塞感が広がる現代、他人事ではない。

 そして本作品の重要人物として、吉敷竹史シリーズで主人公の元妻として何度か出ている加納通子とその娘が、津山事件の犯人、都井睦雄の血につながる人物として登場している。吉敷シリーズでは、何かトラウマを背負って、悪夢にうなされる場面が何度も登場するが、その原因がここで判明する。

 

 これは松崎レオナの状況とシンクロする。レオナは父を欧米からの系譜に由来を求めたが、こちらは日本人の血筋である。吉敷シリーズと加納通子の登場は本作品の10年以上前で、作風も本作品と異なる。通子の登場当初からこのような設定を考えたとは思えないが、島田荘司が日本で実際に起こった事件を自分なりに解釈し、自分が生み出したキャラクターと関連付けた。その結果前作の「アトポス」から一歩踏み込んだ姿勢を見せる。言葉を変えると、デビュー当時文壇に在った「清張呪縛」に苦しんだ島田荘司だが、清張の愛読者でもあった皮肉。そして島田荘司が「松本清張」に近づいていく姿でもある。

 連続殺人の謎については、読んでいてサッパリ分からなかった。龍臥亭の図から、「建物」が主役のトリックとは思ったが、全く予想できず。犯行の動機もそして犯人は複雑に入り組んでいて、犯人が判明したときは驚いたが、なかなか頭に入りづらかった。それでも読ませる希代のストーリーテラー島田荘司

 最後に一つ蛇足。レオナといい加納通子といい、殺人者の血の系譜を背負う人物として設定し、そのため様々な風評被害に遭っている。このテーマをレオナ・通子と重ねて描くと、どうしても優性思想を連想してしまう。ちょうど本作品が発刊された年まで「優性保護法」が続いた。島田荘司はその言動や作品から、優性思想のような考えからは最も遠い人物と理解しているが、誤解は与えかねない。レオナはハリウッド女優として、通子は刑事の(元)妻として2人ともその風評から乗り越えて生きている姿、そしてその2人を島田荘司の生んだ主人公2人が支えている姿を描いていることを、付け加えたい。