小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

7 夜は千の鈴を鳴らす (吉敷竹史:1988)


【あらすじ】

 やり手の美人女社長鬼島政子。1回り年下の秘書、草間宏司は政子の「若いツバメ」である。ある夜、2人きりの部屋で会話の流れからひとつの約束をする。草間は、自分は完全犯罪を行う知恵と度胸があり、自分が逮捕されないで政子を殺害することも可能だと挑発し、報酬として1億円の価値がある土地の譲渡証書を求める。政子は面白がって、1か月以内の期限を設けてその挑発に応じた。

 10日後。東京発博多行きの寝台特急あさかぜの個室で政子が死体となって発見される。死因は心不全で、個室は密室状態。病死と思われたが、死の直前、車掌から渡された手紙を見たあと半狂乱になって「ナチがくる、ナチが見える、怖い」と叫んでいた証言を聞いて吉敷は疑念を持ち、独自で調査を進める。

 

【感想】

 私が苦手なアリバイトリック、そして大向こうを唸らせるような大魔術も、社会に問題提起をするテーマもあまりなく(と思える)、当初は(自分には)物足りなく感じた作品。ただ、読めば読むほど味わいを感じた。

 アリバイトリックが過去の名作と類似している指摘がある。これは私も初読の時に気が付いた。アリバイトリックの1つは「高層の死角理論(私が勝手に名付けている)」のように、他の交通経路との組み合わせの妙がある。これを考え、整合性を持たせるのが推理作家の「報われない」苦労(間違えたら大変だし、読み終わったら「あ~、そうですか」で終わりww)。本作品もこちらを組み合わせたトリックであり、作品の本質から見れば、私にはこの議論は枝葉のように見える。現に島田荘司も本件については確信犯的で、後の作品でこのトリックを「かぶせて」使っている。

 「叙述トリック(言ってもいいのかな?)」と言われている部分も、初読の時は「トリック」とは思えず、主人公である鬼島政子を描く演出の一つとして捉え、それはうまく成功していると感じたもの。ちょっと私が鈍感だったのか。推理小説(特に島田荘司作品)というと、トリックがないと「損」と感じてしまうは、ミステリーのヘビーユーザーがなせる悲しい業(^^)

 それよりも本作品の本質は、鬼島政子の人生にある。学生時代は人望があり、知恵も度胸もある女性として周囲から見られていた。そんな自分が、真面目だけが取り柄の母親と一緒に、甘い汁を父の愛人に吸い取られながら、田舎で生きていかなければならない人生。そんな状況から抜け出したい強い気持ちが心の底から溢れ、そして手を染めた一世一代の大勝負。その考えは(表面上は)草間宏司と瓜二つ。ちなみに採用時、会社は興信所まで雇って草間宏司の素性を調べている。果たして社長の政子は草間との因縁は全く知らなかったのかと疑念がわく。

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 過去の一世一代の勝負をかけた時と、(本人は知らないが)人生の終わりに差し掛かる時。背景にはオリンピックがあるも、そんな国民の祭典からは背を向けた人生を歩んできた政子。時を跨いで同じように寝台特急に乗り込み、そして同じように運命の男性と出会う。1人は膠着した状況から抜け出す手助けをしてくれる男性。もう1人は、膠着した状況から抜け出すために手を染めた人生の「修羅」を一目で見抜き、その修羅を一枚の画に切り取った画家。その画家は「修羅」に才能を引き出されたかの様に、一世一代の傑作を描き上げた。

 ホステスから始めて、高度成長期を乗り越え、生き馬の目を抜く経済界を渡り切り、事業家として成功した政子。これも当時の日本における成功を夢見る一つの女性像。島田荘司は本作品で、本格ミステリーの軸足を残したまま、島田流「黒革の手帖」を書き上げた。

 読み手の勝手な感想だが、本作品で島田荘司は1つ「深い境地」に進んだと感じてならない。トリックだけでなく、登場人物の人生を「えぐり出す」ような作品が、この後たびたび登場する。

  

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