小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19-1 翔ぶが如く① (1975-)

【あらすじ】

 明治新政府が設立して間もなくの頃。手探りで「国つくり」を行なう中、薩摩藩士の川路利良は、パリ留学中の経験から国民の治安維持を図る警察組織の必要性を考えていた。まだ戦塵が残る今こそ必要と感じていた。上司の大久保利通に建策すると、「たちんこんめ」(太刀が来る前に迅速に)行なうよう指示を受ける。

 

 明治新政府で実質的な首相であった大久保は、大蔵卿から治安維持を担う内務卿へと役職が移り、国政を担っていた。氷山のような冷徹さに果断な実行力を持ち合わせた男。内務省に大久保の靴音が響くと、一同厳粛に仕事に向かったほどの威厳をまとっていた。国作りを担う大久保は海外視察の必要を感じ、長州閥の総帥木戸孝允とその配下の伊藤博文らと一緒に、岩倉遣欧使節団に加わることになる。

 

 留守の日本を任されたのが、大久保と少年時代からの盟友で、明治維新の立役者であった西郷隆盛だった。西郷は幕末の乱世から倒幕、そして戊辰戦争にかけて、その英知と人望を駆使して何物もなしえない存在感を誇ったが、維新後の「国作り」において具体的なビジョンはなかった。多くの志士の屍を踏み越えて、命を賭けて倒幕を果たした先にあったのは、私利私欲を貪る新政府の高官たち。崇高な使命と多大な犠牲が潰える状況を見て、西郷は幻滅していた。

 

 そんな中征韓論が起きる。明治維新となって東京の伝統を捨て去り、西洋の「猿まね」をする日本を愚弄する朝鮮政府に対して、西郷は世界を見せて目を醒まさせることが必要と考え、命の危険が伴う朝鮮行きを志願する。西郷が朝鮮で暗殺されれば、日本と朝鮮との戦争が必至であり、戦争を望む勢力もある。西郷は死に場所を求めるような強い姿勢で、三条実美に決定を求め、朝鮮渡航が認可される。

 

  西郷隆盛ウィキペディアより)

 

 このタイミングで遣欧使節団が帰朝する。欧米を視察した彼らは、日本と欧米の文明における彼我の大きさに愕然とし、内治を優先して日本を文明国として早急に作り上げる必要性を感じていた。そんな時に西郷が朝鮮に渡航して戦争が勃発したら、欧米列強も介入して、日本の国作りが大きく遅れを取ると思われた。西郷に対峙できるのは大久保しかいないと承知していた岩倉具視は、西郷との直接対決を回避したい大久保を粘り強く説得して、ついに味方に引き入れる。そして廟堂で西郷と大久保が対決する。

 

 幼い時は、空腹の時に黙って飯を分け合う仲。西郷を島津斉彬に抜擢されたら大久保を引き上げ、反対に島津久光から西郷が疎まれたら大久保が擁護し、京都と薩摩で分担して維新回天を担った2人。その2人がお互いの主張を述べて決して譲らない。そんな2人に、他の参議は口を挟むことはできない。

 

 一旦は西郷の朝鮮渡航が改めて閣議決定する。しかしまだ若き伊藤博文の暗躍と、岩倉の驚異的な粘り腰でその決定をひっくり返し、公卿とは思えない胆力で、西郷の希望を打ち砕く。対して西郷は辞表を提出して下野し鹿児島に戻るが、その前に最後に訪れた人物は大久保利通だった。西郷は大久保に以降の日本の舵取りを頼む。

 

 大久保は「幼馴染み」の西郷に遠慮なく、いつも大事な時に逃げてしまうとなじる。

 

【感想】

 文庫本で全十巻になる長大な物語。しかし私はこの本を読んで、それまでの司馬遼太郎の作品とは違って、「がらんどう」のように感じていた。今から考えると、全体に覆う西郷隆盛の虚無感というべきものだろうか。倒幕に全精力を傾け、そのために亡くなった同志たちを思うも、回天が成就すると見えてくるのは、仲間たちの多くがその果実を貪る姿。西郷についていくつかの挿話を点描しつつも、その内面にはいつものように入り込まない。

 「竜馬がゆく」でも書かれていたが、わかるようでわからない西郷の性格。そして司馬遼太郎の「師匠」で鹿児島出身の海音寺潮五郎が、迫ろうとして迫りきれなかったとされる西郷隆盛という人物像。倒幕の原動力となり、新政府で最大勢力を誇る「薩摩隼人」たち。川路利良村田新八桐野利秋篠原国幹などを描きながらも、西郷に対してはその内面に迫るのを避けて、「西郷の風景」を描写するに止めている印象を受ける。

   大久保利通ウィキペディアより)

 

 対して「幼い時に、空腹の時は飯を分け合」った仲の大久保利通は、明治維新後も精力的に活動する。「内務卿の靴音」という、非常に印象的な章題が象徴するとおり、新しい国つくりを自らの使命と考えて、実行力を駆使して新政府を率いる。倒幕までは2人が相談する必要もなく自らの役割を振る舞い、そして補い合った「刎頸の友」。しかし革命成ると倒幕という求心力が失われ、過去の「天下取り」の歴史で見られた繰り返しのように、武断派」西郷と「文治派」大久保でその立場が分かれてしまう

 その2人を描くのに、司馬遼太郎は「補助線」として、川路利良という警察官僚を使った。薩摩藩士で西郷隆盛と縁があるも、「国つくり」の理念から見ると大久保利通の思想に近い。物語の「狂言回し」と言っては可哀想だが、大事なところで顔を出し、2人の運命に関与していく。西郷従道でも村田新八でもなく、当時は無名だった川路利良に目をつけた、司馬遼太郎の見事な人物選択。

 征韓論を巡る「明治六年政変」を迎え、「政治家」たちは自らの思惑を抱えながら暗躍する。しかし倒幕の際、縦横無尽に策略を巡らした西郷隆盛は、この局面では全てを投げ出してしまったように、動かない。

 

 川路利良ウィキペディアより)