小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15 巨怪伝(正力松太郎) 佐野 眞一 (1994) 

【あらすじ】

 富山県出身で明治40年に東京帝大に入学した正力松太郎。学業が振るわず、高等文官試験の合格も遅れ、主要官庁とは言えない警視庁に入省する。その中で頭角を現わし、米騒動など数々の騒動や関東大震災の暴動を鎮圧して、トップを望める位置にまで出世したが、虎ノ門事件で摂政宮(のちの昭和天皇)を襲った弾丸によって責任を取らせれ、懲戒免官という最高の罰を受けることになる。

 免官後、当時は東京で3万部ほどしか発行されていなかった読売新聞を買収して新聞経営に乗り出す。ベーブルースの日本招聘や日本プロ野球の開設、日本テレビの開局やプロレス興行。そして政治家にも進出して原子力の父とまで言われた正力松太郎。余りにも凄まじい「妄執」に憑かれた男の物語。

 

【感想】

 「越中強盗、加賀貧乏、越前の詐欺」という言葉を枕に始まる長いノンフィクション。江戸時代は加賀藩支藩として二重支配が続き、加賀(金沢)の文化に対して現実を突き付けられた風土の富山は、生きるためにバイタリティが必要になった。薬売りとして全国を行脚し、経済界でも安田善次郎浅野総一郎など、一代で財を成した人物がいる。そして後に読売新聞社長となる婿の小林與三次や、軍人から経済界に転じた瀬島龍三も富山出身。

   正力松太郎ウィキペディアより)

 

 東京帝国大学の同期には石坂泰三五島慶太の他、政治家の重光葵芦田均など蒼々たる人物がいた。その中で学業では今1つだが乱世に強い男は、当時高等文官試験出身者が少ない警視庁で、暴動鎮圧の治安維持で名を成していく。後に治安行政ではなくてはならない存在となるも、虎ノ門事件で摂政宮に危険な目を合わせた理由で内閣総辞職と共に自身も免官となってしまう。この時のトラウマも後の活動の原動力となっていく。

 官吏の後に始めた新聞経営も話が来たことに乗っただけで、自分にジャーナリストとしての姿勢も主義もない。それどころか正力松太郎が買収すると聞くと、反対運動や実際に退社する記者もいるほど、ジャーナリストからみれば「筆誅」を下す、憎き権力者の砦でもあった。そんな中正力は、純粋に発行部数を追い求める。そして宣伝のために数多くの「興行」を打ち出し、興行と新聞発行の相乗効果を生み出す。

 その先兵を担ったのが野球で、ベーブルースを始めとする大リーグを招聘して一大興行を行い、その流れで読売巨人軍を設立して「日本プロ野球の父」を呼ばれることになる。高度成長期に育った子供は、読売新聞を購読すると、巨人戦のチケットが付いてくるのに羨望して、親におねだりした人もいるだろう。

 当初興味のなかった新聞経営、野球、テレビそして原子力も含めて、当時の環境と周囲の協力により「第一」や「父」の立場に固執した。そのために支えた周囲の力も表に出ず、全て正力の存在に置き換えられる。部下とはそういうものでもあるが、本書ではその関係に哀切を込めて描く。昔、総理大臣になる前の中曽根康弘を、所属する派閥の長であった河野一郎河野太郎の祖父)は「藪枯ら」と皮肉ったことがあった。周囲の苦労でなしえたことを全て自分の栄誉に置き換えてしまうため、周囲は育たず人望がないという意味で使われた。正力松太郎の動きを見ると、まさに「藪枯らし」を想像させる。

 但し正力の磁力に不導体だった人物が1人いた。「読売の名のつくものならば、白紙でも売って見せる」と豪語した「販売の鬼」務臺光雄。歴史ある報知新聞の社員だった務臺は、吸収によって読売新聞社に移り、販売担当として発行部数を数万の時代から、1000万部に届こうかの数値まで引き上げた立役者。正力も務臺には多少遠慮し、務臺は正力の強力な「磁力」に対して、時にいなして時に逆らいながらも読売新聞の経営をサポートして、自分の地位を守ってきた。

  務臺光雄(「読売新聞へようこそ」より)

 

 正力は84歳で死ぬまで読売新聞社の社主で居続けた。その後社長に就任した務臺は、正力の息子亨や、婿の小林與三次との権力闘争にも勝利し、94歳で亡くなるまで読売新聞社の代表権を手放さなかった。正力に端を発する「妄執」は、務臺の後社長となった現在の読売新聞主筆にも継承されている。

 ノンフィクション作家の佐野眞一は、この妄執に憑かれた男の一代記を、巻末に記された膨大な資料や関係人物の取材に基づき、丹念に紡ぎあげた。作者自身の考えも控えめで、ノンフィクションとして非常に読み応えのある作品である。但しこの作品が作られた約10年後、正力松太郎がCIAのスパイであった資料がアメリカ公文書で公開された。そこには日本から原子力アレルギーを取り除く役として、メディアの権力を持つ正力が使われたという。

 本作品の出筆当時は、どうにもならなかった結果論だろうが、あれだけの資料を駆使して大きな穴が抜けてしまった。この「運のなさ」が、橋下徹特集の記事で謝罪に追い込まれ、著作権問題で訴訟沙汰になるなど問題に巻込まれてしまう、将来の佐野眞一を予感させてならない。

 

 *もう1つのメディアの「権力」、フジサンケイグループの盛衰を描いたノンフィクションの名作

 

 *正力松太郎の「妄執」を継承した、読売新聞社の支配者を描いたノンフィクションの傑作。2作とも残念ながら、くくりの都合でここでは取り上げませんでした。