小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 ザ・ラストバンカー 西川善文自伝 (2011)

【あらすじ】

 生命保険代理店を営んでいた父を持つ西川善文大阪大学卒業後は新聞記者に憧れていたが、ひょんなことで住友銀行の人事面接を受けることになる。その時の人事部長は磯田一郎。運命に導かれるかのように住友銀行に入行する。新人の時は支店でYシャツの袖を真っ黒にしながら預金集めに精を出し、その後は本店の調査部、そして企画部を渡り歩く。

 ここで銀行員としての知識を習得していくが、与えられた仕事は安宅産業処理、平和相銀・イトマン事件、そして住専問題など、巨額の損失をどれだけ圧縮するかという仕事ばかりで、新聞からは「不良債権と寝た男」と書かれる始末。そして磯田一郎追放、銀行大合併、UFJ争奪戦など、金融業界を騒がす事件に関与していく。裏に隠れずに、嫌がる相手にも堂々と対応する姿は、顔が見える最後の頭取=「ザ・ラストバンカー」と呼ばれることになる。

 

【感想】

 金融編20選の最後は自伝となった。前にくくった「電機・IT編」は技術の話が多く、そのため小説だけでなくノンフィクションも数多く取り上げたが、金融編はどうしても「フィクション」中心になる。金融は他の業界とは異なり、商品の優劣による企業の競争が余り見られないため、会社内部での権力抗争を扱う小説が多い。

 それは現実でも同じこと。いくつもの会社に「天皇」が存在し、その周辺を側近、番頭、部下、手下、腰巾着、茶坊主など、さまざまな表現を使われる「権力の傘」を背景にする人物が群がる。最初はその「天皇」も実績を上げ会社に貢献することで出世するのだが(ゴマすりもあるけど)、権力の座が長期化すると、自分の思い通りにいかないと「不機嫌」になる。そうならないように「忖度」して権力者の不満を先に摘もうとする動きが出てくる。それが重なると、企業の健全性よりも権力者の機嫌が優先されていく

 

nmukkun.hatenablog.com

住友銀行が平和相銀を「併呑」した内幕を暴いた小説です。

 

 西川善文は、少なくともトップになるまでは自分の利益を考えず、権力者に不快に思われることも建言して実行してきた。そして人の嫌がることも自ら乗り出して解決に向けて尽力する。そのため金融の裏面史に出てくる出来事にも、解決をするために登場することになる。その最たるものが磯田一郎追放劇

 住友の天皇として君臨した権力者は、自分の娘のことに入れあげて公私混同してしまい、住友銀行の信用を失墜させる事態に陥ることになる。そこで西川は銀行で一番実務をこなす部長グループをまとめて追放劇を行い成功する。客観的に見ると時すでに遅しの感もあったが、最後に表に立って追放劇を主導したことは間違いない。

 

 *「住友銀行天皇」と呼ばれた磯田一郎(夕刊フジより)

 

 さくら銀行と合併して三井住友銀行が設立して初代頭取となったときは、「80%の自信」で取り組み、スピード感を持つことを要求し、そのために起きた失敗は責任を取らないとする方針を伝える。これは奇しくも西川が追放した磯田一郎を体現する名台詞「向こう傷を恐れるな」に通じるものがある。合併当時の厳しい金融環境の中で、合併による成果を速やかに出す必要性があったためとは言え、これも皮肉な巡り合わせとなった。

 銀行頭取退任後、その実力から小泉・竹中コンビによる郵政民営化を実現するため、民営化準備企画会社の日本郵政(株)が発足し、その社長に乞われることになる。但しこの場は「政争の具」にされて、民間の感覚による経営を執行するところまで至らず、政権交代の材料とされて、忸怩たる思いを抱いたまま退任することになる。

 「ザ・ラストバンカー」。当初は平時ではない時代における最後のバンカーの意味だったらしいが、困難な状況でも逃げずに対した「顔の見える最後の銀行家」の意味も含まれた。私自身はその意味に、バブル崩壊という敗戦の際に敵の攻撃を撥ね付ける勇将、殿(しんがり)の武将に相応しい活躍をしたことも付け加えたい

 この人によって、旧態依然とした護送船団方式の金融業界は「終戦」した。

 

イトマン事件を描いた作品。住友銀行をトップに押し上げた「天皇」磯田一郎の裏の顔を描いています。

 

*次回は「サービス・流通業」を取り上げます。