小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 不毛地帯 山崎 豊子 (1978)

【あらすじ】

 陸軍大本営の作戦参謀を務めた「エリート中のエリート」壱岐正は、終戦勅語を発した翌日、関東軍総司令部に対して「停戦命令書」を携えて満州に飛ぶ。上官からは伝達後直ちに帰国するよう指示を受けていたが、壱岐は自身の作戦参謀としてのケジメをつけるため現地にとどまった。そのためその後11年、戦犯としてシベリアに抑留され、人間が生きる限界と言える過酷な環境での生活が強いられる。

 シベリア抑留から解放された壱岐は帰国してしばらく経ち、近畿商事に入社する。そこでは軍隊生活で培われた戦いの基本や戦略の組み立て方を「商戦」に生かすべく期待され、そこで壱岐は期待に応える活躍をする。国のFX(次期主力戦闘機)の選定に対して手段を選ばぬやり方で、見事ライバルから商戦に「勝利」する。これによって壱岐は会社の中枢として出世し、企業戦略を一手に引き受ける「参謀」としての役割を担う。ところが徐々に社内からの反感も生まれてくる。

 

【感想】

 瀬島龍三。「大本営の作戦参謀」,「シベリア抑留生活」,「伊藤忠商事の経営者」,「臨調の影の官房長官」と、4つの場面でそれぞれ大きな存在感を示した「昭和の怪物」。作家の山崎豊子は本作品にモデルはなく、複数の人物をイメージしたと言っているが、これは山崎豊子のプライドだろう。8割方は瀬島龍三の人生で、残り2割は作者の想像力を交えて小説として成立させた。その「2割」の部分(上司の娘との恋愛関係など)が、モデル小説と肯定させなかったと邪推する。

 瀬島の人生は小説そのもので、自叙伝「幾山河」はまさに「事実は小説より奇なり」。大変読み応えがあり、波瀾万丈の人生を赤裸々に語っているように、私は感じた。但しこれだけの大物だけに毀誉褒貶も激しい。シベリア抑留生活においてソビエトのスパイとして洗脳されたのではないか、次期主力戦闘機の選定に関しては、法に逸脱した行為があったのではないか、そして田中内閣の「土地ブーム」に乗ったがために不良債権を膨らましたのではないか、等々。特に参謀時代は、最終的な階級は中佐(33才)だが、実態より大きく扱われているように思える。

 

 *瀬島龍三(ダイヤモンド・オンラインより)

 

 自叙伝はそれらの指摘を「すり潰す」ためのもの、との見方もあり、その前に保阪正康も「参謀の昭和史」などで瀬島の生涯を鋭く追求されている。但しそれまでは黙して語らなかった本人の証言は、昭和史の資料としても貴重なものであり、その意義も知って書き残したと思われる(但しソビエトのスパイ説を採用すれば、ソビエト崩壊により「表現の自由」をようやく得られてとも解釈できるが、これこそ邪推だろう)。

 商社における「壱岐」の活躍は現代のビジネスにも通じるものが多い。スタッフとしての役割と心構え。報告は時間の効率化と上司への理解を考慮して「重要なことを3点にまとめて」建策を求めた。そして現代はともかく当時はなかなか理解できなかった「情報」を、インフォメーションではなくインテリジェンスとして扱う能力があった。組織としての日本陸軍は疑問が残るが、その全てが否定されるものではなく、明治維新以降培った伝統と教育は、現代でも活用できるものが数多くある。

 本作品は近畿商事を退職後に、シベリア抑留者の親睦団体会長に就任し、現地で亡くなった日本兵への墓参りと遺骨の収集に向かう。この点でも政界の影の指南役となった「モデル」とは大きく異なる。

 本作品の題名は「不毛地帯」。シベリアの凍土をイメージさせるが、同時に日本陸軍という組織。そして戦後日本の、商社を代表とする会社や「商戦」の舞台。そして本作品では書ききれなかった政治活動など、日本社会全体を覆う「実りのない舞台」に命をかける男たちを描いた、重厚感に包まれると同時に、虚無感の残る題名となっている。

 

*そして瀬島の半生について、「別の角度」から光を当てたノンフィクション。