小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4 住友を破壊した男(伊庭貞剛) 江上 剛(2019)

【あらすじ】

 近江出身で代官の息子・伊庭貞剛は、剣道にそして国学に真摯に取り組みながら次第の尊皇攘夷運動に惹かれていく。国学の師匠の縁で幕末の京に赴き勤王の志士とも交流するも、伊庭が活躍する前に大政奉還に至る。尊皇活動の繋がりから官吏となり、司法省の検事から函館の副判事へと出世するも、新政府内の無秩序とも言える人事や、江藤や西郷への対応を見て幻滅し、民間に下ることを決意する。

 叔父で住友の初代総理事だった広瀬宰平の勧めもあり、明治12年、住友に入社する。広瀬の補佐として、また後継者として住友内で様々な経験をするが、別子銅山の公害問題が深刻化し、足尾銅山と並んで広く問題となり、また地元からは反対運動が盛んになっていった。そこで明治27年、伊庭は自ら別子銅山に赴き、労働者と直接会話することに努め、公害の原因である精錬所を移転する計画を立てる。そして開発で荒れた土地に植林をして、100年先に自然が戻るように地道に種を蒔いていく。

 別子には5年滞在して再建の軌道にのせる。そして専制君主となった叔父・広瀬宰平に引導を渡す役目を引き受け、二代目総理事となって、銀行、金属、林業、電工、倉庫など、現代に繋がる住友グループの礎を築くも、57歳の年齢で自ら総理事の座から身を引いた人生を辿る。

 

【感想】

 住友財閥の起源は、銅の精錬技術を開発した、豊臣秀吉が天下統一を成し遂げた1590年まで遡る。それによって商売が繁盛して両替商も営むが、元禄年間の1691年に別子銅山の経営に携わることで、現在に至る繁栄が決定的なものとなった。その後幕末には巨大な借金と乗っ取りの策謀、そして明治維新になると、幕府の治世における特権と経営形態を認めず、別子銅山の権益が奪われる危機と、共に住友の存続を脅かす事態が発生する。そこは初代総理事の広瀬宰平がうまく立ち回り、何とか危機を回避する。そして「東の三野村、西の広瀬」と呼ばれることになる。

   *伊庭貞剛(住友グループHPより)

 

 ところが、広瀬は自分の力で危機を回避したことで過信し、独裁に走ることになる。部下はもちろん、住友の家長まで軽んじるようになり、別子で公害問題が起きても金で解決するように指示し、自分の意見に反する部下を遠ざけるようになる。帝国議会が開かれ、時代が変わったと認識した伊庭貞剛は、これからの会社は、地元に、そして国に寄与する存在でなければ、未来はないと確信する。

 別子に単身乗込んだ伊庭だが、労働者や地元民の住友に対する敵意は頂点に達していた。それを口だけでなく、銅山を歩き回ることでその存在を身近なものにして、徐々に会話が増えていき、そして人身を掴んでいった。平行して植林作業や精錬所の移転など目に見える事業を行うことで、形として地元に尽くす姿勢を見せることになる。但し、地元から信頼を得るまで5年かかった

 独裁者としての広瀬宰平は、幕末から明治維新の「乱世」では必要不可欠の存在で、幕府や明治新政府からの無謀な要求に対しては、断固たる態度と謀略も含めてその意向を排除し、見事な役割を果たした。また明治後は西洋の新技術を導入して、銅の増産と質の向上に努める功績もあった。但しいつまでも「独断専行」で、自分と対立する意見は全て排除するやり方がそのまま続いてはいけない(どうも住友グループからは、同じような人物がよく輩出するように感じるが、これは先入観か?)。

 

   

 *伊庭の人生の道を開き、そして壁となった偉大な叔父、広瀬宰平(住友グループHPより)

 

 叔父・広瀬から住友入りを誘われた伊庭はそう痛感して、明治も大分落ち着いた明治27年、引導を渡す役を引き受ける。二代目の総理事となった伊庭は、みずからの運営方法を「凧」として先代との違いを明らかにしたが、「凧」が続いては組織の発展が見込めないことも知っており、自分の役割が終ったと感じると、早々に次代に禅譲することになる。この初代から二代目への権力の承継と各人の精神は、鎌倉時代執権、北条義時と泰時の役割を連想させる

 プロローグとエピローグでは、現代の「三井住友銀行」の行員が伊庭の行跡に触れることから始まる。それは「浮利を追わず」「逆命利君」も含めた住友の精神があったことを、改めて記す場にもなっている。一部の人間によって疑われた住友の精神だが、「第一勧業銀行」出身の江上剛は、「三井住友銀行」の行員と同じ経験をした身として、どうしても書いておきたい作品だったと想像してしまう

 

nmukkun.hatenablog.com

nmukkun.hatenablog.com

住友グループの「闇」を描いた作品たち。このような「不祥事」があったからこそ、作者は本作品を描く気持ちになったと想像します。