小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 暁の群像(岩崎弥太郎)  南條 範夫(1963)

【あらすじ】

 土佐藩・井口村の地下浪人(じげろうにん)だった岩崎弥太郎は、学問を修め、周囲と比較して優秀な頭脳を誇っていたが、身分の違いから登用されず鬱積した日々を過ごしていた。父親が牢獄に入れられたことに反発したことにより自らも牢獄に入ることになるが、そこで商売の基本を学び、興味を持つ。ひょんなことから弥太郎の論文が後藤象二郎の目に留まり、そのまま時の参政・吉田東洋の知遇を経て、藩の役職に就くことになる。

 そこから土佐商会の主任、長崎留守居役に抜擢され、土佐藩の重鎮に成長する。明治維新以降は土佐藩から独立して三菱商会を興し、海運業をはじめる。政府に入り込んで「政商」として立場から強引に商売を広げ、西南の役では巨利を手にし、ついに日本の船の8割を手中にするまでになる。そして周囲からの反動が押し寄せるが、傲岸不遜な弥太郎は動じず、正面から立ち向かう。

 

【感想】

 幕末の土佐藩で商才があった二人の人物、坂本龍馬岩崎弥太郎坂本龍馬は武士としては身分の低い郷士の出身だが富裕な商家の一面もあるため不自由なく育つ。そして自分の発想を活かすべく土佐藩から飛び出して、「海援隊」を設立するなど浪人の立場で、藩に頼らず見事な活躍をした。反面岩崎弥太郎は地下浪人(土佐藩下級藩士の身分である郷士の身分を売却したこと)でかつ貧乏な家だったため、チャンスを1つ1つ貪欲に掴んで身分を高めていき、自らが経営者となると部下を統率して絶対服従を求め、そして最終的には「王国」を作った。

   岩崎弥太郎(三菱HPより)

 

 司馬遼太郎の名作「竜馬がゆく」では、龍馬と弥太郎の商売への思考回路は似通っているために、かえって(お互い、思考の「根」で分かち合えないのがわかったのか)反発する立場を描いている。そして同じような反発が明治後、渋沢栄一との間にも起こる。

 政府高官を色と金で籠絡して「政商」としての立場を揺るぎないものとして莫大な利益を得て、そこから海運業の「独裁」を図ろうとする弥太郎。江戸期に父が牢獄に入れられた時に、「官ハ賄賂ヲ以テ成リ」と役所の門に大書して自ら牢獄に入った弥太郎だが、その賄賂を明治新政府に惜しげも無く使って、政府高官を思うがままの状態にして、事業の独占、引いては覇権を握ろうとする。対して日本に資本主義を根ざそうとして「自由競争」を原理原則とする渋沢。渋沢を旗頭として反三菱勢力が結集して共同運輸会社を設立して、三菱商会と激烈なダンピング競争を行い、お互いの会社が共倒れ寸前にまで追い込まれる。

 それでもわずかに体力が勝った三菱商会だが、競争が決着する前に弥太郎の命が潰える。その死をきっかけとして政府が仲裁に乗り出し三菱と共同運輸が合併、日本郵船となり、その後三菱財閥の中心となって、日本資本主義の黎明期を牽引することになる

 本作品は「群像」として、幕末の志士から明治維新後の藩閥政治家との交わりに多くの紙面を割いている。土佐藩出身のため、当時日の出の勢い立った長州閥及びその後ろ盾だった三井家に対抗するため、薩摩閥や大隈重信に近づき、また土佐時代からの縁深い後藤象二郎板垣退助などを味方にしていくプロセスを描くことで、時代背景を捉えている。

 但しそのため、経済小説としては物足りなさが残る。幕末の志士や明治の元勲にも引けを取らない岩崎弥太郎の生き方はまさに「傲岸不遜」。商人としての地位を高めることに寄与したとも言える。但しその経済的な活動が、政治との関わりを原因にしているように見えて、岩崎弥太郎の本質を描ききっていないように思える。

 それでもこの男のエネルギーが、日本有数の財閥を形成したことは事実。弥太郎の精神は弟の弥之助へ、そして実子の久弥へと「禅譲」されて、弥太郎が望んでいた「王国」は強固なものになり、現在に続いている

 

  

*弟で三菱二代目の岩崎弥之助と、幕末の「武器商人」グラバー(ウィキペディアより)