小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4 定年退職ヲ命ズ 広瀬 仁紀 (1985)

【あらすじ】

 昭和23年に東亜物産に入社した同期4人。当時は敗戦後間もなく、主要産業は大きな痛手を負い、また三井物産三菱商事は解体された。その両者への就職を志望していた東京帝国大学卒の朝倉は、解体を免れた東亜物産に志望を変更する。同じく東京帝大卒の大草は学業優秀だったが、高等文官(公務員)試験にまさかの不合格となり、当座を食いつなぐためにやむなく東亜物産に就職する。父を陸軍参謀に持つ塩見は、父の勧めで比較的安全と思われた京都の有力私大に在学していたが、教授からの推薦で東亜物産に就職。父を経営者に持つ奥田は、空襲で両親が死亡したが、残されたはずの財産が見つからず、姉に疑惑を持つも真偽は不明で、お金に執着を持ったままの気持ちで東亜物産に就職する。

 そして会社人生が始まる。その後日本経済は成長期を迎え、同期4人も身を粉にしながら懸命に働き、4人は「花の23年組」と社内で呼ばれるほどの活躍をしていく。その中でも出世レースから1人脱落、2人脱落していく。同期の先頭に立つ大草を懸命に追いかける朝倉は、役員まであと一歩という所まで来て、得意だった為替相場で巨額の損失を負ってしまう。そして4人は会社で定められた定年の日を同時に迎える。

 

【感想】

 昭和の時期は、商社が日本を代表する会社であった。戦後の混乱時から高度成長期にかけて、世界を駆け巡っては商戦に入り込み、「エコノミック・アニマル」を代表する企業とされた。一方で高度成長を牽引する重厚長大産業の資源を輸入してその発展の基礎を築き、また穀物を始めとする食料輸入にも努め、官僚ではない「」とも言われた存在でもあった。

 ところがその後、重厚長大産業は下降線を迎え、新たに台頭した電機・自動車産業は自らで調達・販売部門を賄ったために商社を不要とする。また列島改造論による買い占めブームは、その後の構造不況で足枷となり、巨額の負債を計上する商社も数多くあった。所謂「商社冬の時代」である。そんな冬の時代に4人は定年退職の日を迎えることになる。

*激しい商社マンの生態を描いた、古典的名作です。

 

 曖昧な動機で入社した大草は、その後明晰な頭脳で商機逃さず、今後のビジネス展望を見通して順調に出世。いち早く役員に昇格し、定年とは関係のない常務取締役への昇格が約束されている。

 塩見の妹と結婚した奥田は、おごられないと酒の席にも参加しないほどの守銭奴となり、お金に執着する。妻にも給料は渡さず、そして上司に迎合しながら会社人生を歩み定年時には皆が驚くほどの財産を残した。但し妻は離婚を考えている。

 塩見は反対に「武士は食わねど」の姿勢で、相続のお金は妹に渡して仕事に邁進するも、取引先の粉飾決算で会社に損害を与えて、出世レースから脱落していく。定年を迎える時にまとまった財産はなく、再就職を試みるが当時は冬の時代。履歴書を何枚も書いては無駄にする繰り返しとなる。

 朝倉は「商社冬の時代」に期待されて得意の相場で活躍するも、思惑が外れ40億もの損害を生じ万策が尽きる。そして役員の昇格した大草を横目に「総務部付」となって定年まで「窓際族」となる。

 本作品は商社を舞台にしたが、当時の重厚長大産業は皆こうした状況だったのだろう。高度経済成長を牽引して我武者羅に働いた「戦士」たちが、自らの預かり知らぬところで構造不況の時代に退職の日を迎え、ともすれば会社でも家庭でも居場所がなくなる悲哀を味わった

 そこで辛口の作品が多い広瀬仁紀だが、本作品については「珍しく」救いの手をエンディングで用意した。敗戦の後がれきから経済成長を成し遂げた、企業戦士たち。彼らは大草のような一握りのエリートを除いて、多くは余りにも悲しい末路を迎えている。そこに一言「ご苦労様」と言う気持ちを、作者が代弁している。 

 

nmukkun.hatenablog.com

*こちらは広瀬仁紀の本道、「辛口」の代表作です。