小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 覇者の驕り 自動車・男たちの産業史 D・ハルバースタム (1986)

   日本放送協会出版

 

【あらすじ】

 自動車王ヘンリー・フォードがT型フォードを生産したのは1908年。大量生産と低コストにより大衆車として普及し、自動車産業は20世紀のアメリカを牽引する産業となった。

 しかし石油ショックにより様相は変貌する。ガソリンを大量消費するアメリカ車は敬遠され、代わって台頭したのが、低価格で燃費も性能もよい日本車だった。日米の自動車産業における80年に渡る盛衰を描くノンフィクション。

 

【感想】

 これからは発刊年よりも、物語の舞台を考慮して取り上げます。そして取り上げる作品に、ノンフィクションも混ざります。

 2008年のリーマンショックで、経営危機に陥った自動車メーカーの「ビックスリー」が政府に支援を求める際、デトロイトから専用飛行機でワシントンに向かった。ところが自動車メーカーのトップが自社の自動車を使わないと非難を浴びて、次回は車で丸1日かけて聴聞会に出席したエピソードを思い出す。結局GMとクライスラーは倒産してしまうが、この「寓話」は、アメリカの自動車メーカーの立場及び自動車の役割を「アイロニー」を込めて表わしている。

 初読前は、アメリカの自動車3大メーカー(GM、フォード、クライスラー)の盛衰を描いたものかと思ったが、日本側の事情、特に日産自動車についての描写で、この長大な物語の約半分を占めている。そしてその内容は「微に入り細に入る」。特に日産自動車の川又社長、過激な組合活動を指導した益田哲夫、そしてその組合活動を潰して、その後日産に君臨した塩野一郎についてのエピソードは、「破滅への疾走」などのエピソードにも引けを取らないほどの取材量を感じさせる。これを、アメリカに常駐しているアメリカ人が取材しているのだから、驚きである。

 

nmukkun.hatenablog.com

*日本側から見た日産自動車の「労働貴族」の全貌

 

 本作品は、アメリカのフォード社、そして日本の日産自動車と、共にリーディングカンパニーだった会社が凋落していく姿も同時に描いている。アメリカの自動車産業を創設したフォード社は、創業者で立志伝の一人、ヘンリー・フォードの「偏狭」な性格に「呪縛」されていく。それまで玉石混淆で個人の生産者が乱立していた自動車業界の中で、ますレースなどで性能を周囲に認めさせ(ホンダの創業史と同じ軌跡)、そして大量生産による安定した、低価格の自動車を作ることで「ガリバー」に成長する。但し一度理想的な工場を作ると、その後はリノベーションを否定し、頑固なまでに自分の作り上げたやり方に固執したため、徐々にGMの後塵を拝することになる。

 そして1973年、自動車産業にとって運命の(第一次)オイルショックが勃発する。この「事件」によって日米の立場が劇的に変化し、栄華を誇ったアメリ自動車産業が急激に凋落し、日本車の勢力が急激に伸びる。但しアメリカは大型車から小型車への転換が上手くいかず、会社経営は混乱する。

 ヘンリー・フォード2世は傲岸不遜なリー・アイアコッカを解雇するが、アイアコッカクライスラー社長に転身し見事経営を立て直して「英雄」と称えられ、フォード社にリベンジを(一時的に)果たす。一方日産は川又・塩野体制が終焉を迎え、新しい経営者、石原俊が登場する。そしてプラザ合意による円高政策からバブル前史、また韓国の台頭を匂わすところで本作品は完結している。

 1980年代の自動車産業は、特にアメリカ人にとって興味深いものだったが、ケネディ政権の内幕を描いた「ベスト&プライテスト」や「メディアの権力」を表わしたアメリカ人作家が、日米の文明論まで広げて見事に描ききった。また日本経済を「坂の下の沼」と論じ、日米貿易摩擦の一方の当事者となった天谷直弘通産省審議官を「予言者」として登場させているのも秀逸

 邦題「覇者の驕り」はこの長い物語を上手く言い表しているが、原題の「The RECKONING」も意味深。もともとは「計算」の意味だが、派生して「決算・見積り」となり、さらに転じて「ツケを払う」の意味も含んでいる

 

    *歴史を変えたT型フォード(ウィキペディアより)