小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

2 商戦 咲村 観 (1982)

【あらすじ】

 海軍兵学校終戦を迎えた高島浩二は、そこで友人となった2人と一旦は地元の中学に復学するため分かれるが、高等学校、そして旧制東京大学で一緒になり友情を温める。卒業して1人は新聞記者に、1人は海運会社に、そして高島は日本物産に就職する。

 それから15年。1つの部署の専門家として出世していく者が多い中、高島は様々な部署を回り歩いて、苦労しながらも結果を出し続け、38歳で産業機械部長に抜擢される。そこでは東京の大井埠頭、横浜の本牧埠頭、そして神戸ポートアイランドなど巨大コンテナ埠頭にともなう荷役機器の利権独占を図るべく、ライバルの商社と熾烈な商戦が繰り広げられる。そこでは学生時代の友人との友情も犠牲が求められ、そして「闇の金」も取り扱う危険な仕事が待ち構えていた。

 

【感想】

 咲村観は住友倉庫に勤務したが、体調の不良もあり46歳で退職して作家に転身する。58歳で早世するが、その短い作家活動で、多数の企業小説と歴史小説を世に残した。「倉庫」という流通業から見た商社や銀行の姿はリアルで、社会人になる前に社会勉強の意味も込めて続けて読ませてもらった。安宅産業と住友銀行を描いた「メインバンク」、アパレル業界に一斉風靡するも急降下したVANを描く「経営者失格」。そして商社の内幕を描く「常務会紛糾す」や「商社一族」、商社マンの人生を描く「ライバル」など、むさぼるように読んで、今でも印象に残っている作品が多い。主人公像はほぼ共通して、仕事ができて出世するサラリーマン。仕事に邁進していく姿と、出世するにつれて激烈化する出世レースを、社内の醜悪な人間関係を絡めて描かれている。

住友銀行が批判を受けた安宅産業の「整理」を、肯定的に見た作品。

 

 本作品もその1つ。序章「門出」で大学卒業直前に友人3人が集まり、社会人になる前の緊張と希望をうまく描いている。主人公の高島が社会人になるはなむけに、親戚が傾倒している僧侶から揮毫された「大雄峯」という言葉は、意味を説明されずその後もこの物語で登場しないが、会社で長年生活する心構えを想像させられ、本作品の底流をなす「ベース音」のような影響を与えている。

 それから舞台はいきなり15年後に飛ぶ。将来の幹部候補としてプレッシャーと闘いながら順調に出世していく高島。若くして慣れない部署の産業機械部長の職責を担い、作家咲村観が専門のコンテナ埠頭における荷役機器を巡るライバル商社との「商戦」を、綿密な知識を裏付けとして描く。その中に、商戦に敗れたライバル商社の部長が左遷される姿と、後に爆発する取引の中に「裏金」を作る仕組みを忍ばせていくところが見事。

 この「商戦」だけでも見応えがあるが、旧友が務める会社と取引の軋轢が発生して旧友を厳しい立場に追いやり、やがては自殺に追い込んでしまう。そして次は「裏金」の存在が発覚して政界を揺るがすスキャンダルに発展する。上司に命じられて裏金の運び屋を担った高島だったが、スキャンダル発覚当時は社長秘書の立場もあって、マスコミの矢面に立たざるを得なくなる。ついには商社側の「代表」とされて、国会喚問までされてしまう。高島を庇う声も上がるが、役員会議で自身の処分の可否を決める場に参列する高島は、帰宅して妻に「サラリーマンの出世なんて空しいものだ」と述懐する。

 丸紅の伊藤宏専務をモデルとした清水一行「逆転の歯車」を思い出すが、味付けは「咲村流」でまるで違う印象を与えている。最後に東京地検に出頭して全てを正直に述べ、スキャンダルで攻守を分けた旧友の新聞記者と再会する。最後に社会人のスタートとなった、序章で描かれた東京大学に舞台は戻り、サラリーマン生活を回想し、これから田舎に戻っての生活を夢想する。

 禅語に「独坐大雄峰」という言葉がある。さまざまな解釈ができる言葉だが、一般的には「世の中で一番優れていることは何か」の問いに「今生きていることが一番尊い」という意味で答えた言葉という。

 

*VANの経営者を、批判的な目から描いた作品。