小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

6 頭取の影武者 本所 次郎 (1996)

【あらすじ】

 長年の乱脈経営に加え、バブル期に無理な営業を進めて巨額の不良債権に喘ぐ、仙台市を本拠に置く三徳シティ銀行。大蔵省と日本銀行から社長、副社長を天下りさせて経営破綻を免れようとするも、独自の再建は望めない状況に陥っていた。大蔵省は金融機関を潰さない方針で、山形県の山形恒産銀行、岩手県の岩手中央銀行との三行による広域合併を画策する。

 大蔵省の権限を背景に様々な「手」を使い合併を推進し、それに踊らされる首脳陣。対して岩手中央銀行の行員たちは巨額の不良債権を「押しつけられる」ことに対し、叛旗を翻す。

 

【感想】

 本作品の副題は「小説『徳陽シティ』破綻の真相」と実名になっているが、作品内では「三徳シティ銀行」と仮名になっている(笑)。これは他行、特に本作品の主な舞台となった「岩手中央銀行」を配慮してのことだろう。

 こちらも相互銀行が舞台。無尽会社から発展した相互銀行は地域限定で小口の融資を扱い、長い間「低く」観られていた。平成に入って普通銀行への転換が認められるも、その経営基盤は地方銀行などと比べると脆弱。平和相互銀行はバブル前に乱脈経営で経営破綻となったが、特にバブル期に無理をした銀行はバブル崩壊で痛手を被り、経営破綻に直結するケースも多かった。

 本作品は北日本銀行をモデルとした岩手中央銀行の権力者である会長の熊谷寛治郎、その下で「茶坊主」に徹して出世して頭取の座を仕留めた杉野敏夫、そしてその頭取と「瓜二つ」の容貌を持つ秘書課長の亀岡道太を軸に描かれているところがミソ。なおこれから実力派でアクの強い会長と、大義名分を唱える社長(頭取)の対立の構図は、金融編の小説では「定番」となっていくので注意

 名誉欲を刺激された権力者の会長が合併を推進し、頭取は「三徳シティ銀行」の巨額な不良債権に怯むも、会長の意向に逆らえずずるずると合併に引き込まれる。それを察した「影武者」が合併を阻止するために様々な工作を行っていく。これは名作である高杉良の「大逆転」を思わせる構図となっている。

 

nmukkun.hatenablog.com

 

 護送船団方式の中で「航海」してきた金融業界。バブル期に無理な経営をしていた銀行はその崩壊により巨額の不良債権を抱え込んでしまった。「護送船団方式」には拘束がある。銀行は当時、支店の新設はおろか、ノベルティ1つにとっても大蔵省のお墨付きがないと決められない状況。経営を拡大するには合併しかない時代が長く続いた。

 ところがバブル崩壊はその世界を根底から崩した。合併が経営を拡大する手段から、破綻寸前の金融機関救済の手段に変わり、そしてどの金融機関も自行がバブルの痛手を被っているため、おいそれと乗れない。金融ビッグバンもあり、今後の救済は期待できない。そのため大蔵省による「護送船団方式」も綻びがでてきた。

 実際の「三行合併」は、一度発表まで至ったが、北日本銀行の意向により白紙撤回されたのは1994年。その2年後に本作品は発刊されるが、翌年に1997年に山一證券北海道拓殖銀行が、続いて徳陽シティ銀行が経営破綻し、近未来を予言する小説ともなった。そして翌年、「副題」をつけて本作品が文庫本化された。

 作者そして文庫本の解説した人も金融記者を長年従事していた。当時金融記者と言えば、金融機関はもちろんだが、大蔵省や日本銀行のトップクラスから動向を取材する「番記者」が主な仕事。それまでは「絶対君主」であった大蔵省の権限。それが旧相互銀行の意向により覆されることになる

 旧相互銀行が大蔵省に叛旗を翻したこの事件を機に、「護送船団方式」の終焉を描くことにもなった。本作品は、その感慨も交えて表現されている。