小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 トヨトミの野望 梶山 三郎 (2016)

【あらすじ】

 創業家が支配する日本自動車業界のリーディングカンパニー、トヨトミ自動車。以前は製造部門と販売部門に分離されており、へそ曲がりの武田剛平は敢えて販売会社のトヨトミ自販に入社する。歯に衣看せぬ物言いが災いしてフィリピシ・マニラに左遷されたが、当時の社長である豊臣新太郎に認められて本社復帰を果たし、新太郎の後ろ盾で遂に社長にまで上り詰める。社長就任後は自らが先頭に立って、中国やアメリカへの海外進出にも果敢に挑戦、そして採算が見込めないとされた世界初のハイブリッドカー「プロメテウス」の発売も決断し、国内シェアを念願の40%突破を果たし、売上も1.5倍に伸ばした。

 そしてついに禁断の扉を開く。持ち株が2%にも関わらずに君臨する創業家の豊臣家に対して、「君臨すれども統治せず」とする組織を目論むが、その陰謀が漏えいして会長の豊臣新太郎から社長退任を突きつけられる。その後フロパーの社長が計3代続いたが、リーマンショツクにより赤字決算が見込まれた見速まれることから、豊臣新太郎は子の豊臣統一に社長の座を「大政奉還」するように動く。

 

【感想】

 経済小説を仮名で書く場合、理由は実名では書けない暴露小説だから。そのため本稿でもモデルとなる実名は出さずに、作品の名前で進める。冒頭に御曹司の豊臣統一が「美人局」に嵌って地元の筋ものに監禁されるシーン。そして海外で辣腕のロビイストとして活躍していた人物がアメリカでセクハラの被害を訴えて法外の賠償金を求められるなど、ビーンボールすれすれの「くせ球」が、作品の中で飛び交っている。

 そんな本作品の主人公、武田剛平は破天荒な性格で、マニラに左遷されてからは、日本の「筋もの」には及びもつかない「マフィア」のような相手から、拳銃を目の前に命の危険を受けでも、人脈と裏金を駆使して債権回収を成し遂げる。そして日本の本社に戻ると、製造と販売が合併した「トヨトミ自動車」で他を圧する行動力で実績を伸ばす。

 その裏付けとして、会社の総勘定元帳を追いかけて会社内部のお金の流れを知り尽くし、会社四季報を丸暗記して、読み手が捻るようなレポートを作成してきたこと。そして人脈形成のために葬式を大切にして、そこから生きた情報を得て調査能力を高めていく。これば「昭和の太閤」田中角栄のエピソードと瓜二つ。政界と同じく大企業の「公家集団」の中の野武士は、一直線に社長にまでたどり着く。

 

nmukkun.hatenablog.com

*自動車業界のリーディングカンパニーで販売会社と言えば、こちらの作品を思い浮かべます。

 

 豪腕の武田剛平でも、創業家という「虎の尾」を踏むとその座を追われるのが日本の会社風土。トヨトミ自動車社員の創業家への心酔振りは宗教であり、新聞記者の安本と結婚した二代続けてトヨトミ自動車に在籍した秘書室出身の沙紀は、豊臣市から離れると「トヨトミ」の呪縛が抜け落ちて、二度と豊臣市に戻りたくなくなる気待ちになる様子が象徴的。

   冒頭で「美人局」に遭った御曹司だが、「I Love Car」の精神を有し、魅力あるクルマ作りを目指す。そんな純粋な気持ちからロビイスト活動を制限して、アメリカからバッシングを受けることになるが、大きな危機に対処したことで、経営者としての器が大きくなる。そんな御曹司に、敵対していた武田剛平は手を貸し、成長した御曹司はそれまで否定してきた武田路線を認める気待ちになっていく。

  「武田」が社長になった時代は (1995年)バブルが崩壊した後で、日産自動車は赤字に苦しみ、1999年にカルロス・ゴーンが社長に就任し、急激なコスト・カッターとして手腕を振るう。危機感を煽り日産と同じ道を歩むのを防いだ「武田」の功績を作家の「梶山三郎」は、自身も語っているように、単なる暴露だけではない物語で描いた。

 それでも「モデル」から認められることはないが、「黒の試走車」で暴露小説の先鞭をつけた梶山季之と共に、(清水)「一行」ではなく、中京の財界史に詳しく「成功した経営者」を描いた城山三郎ペンネームに拝借したところに、作者の気持ちが現れている(とは言え、発売当初愛知県では、一目にさらされぬように「関係者」の手で買い占められたと言われている)。

 なお続篇で2019年に近未来を描く「トヨトミの逆襲」が上梓された。