小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

18 ザ・原発所長 黒木 亮 (2015)

【あらすじ】

 戦後、日本が原子力の導入に邁進していた頃、大阪の商業地区に生まれた富士祥夫は東工大原子核工学を専攻し、日本最大の電力会社に就職する。そこにはトラブル続きの原発とコストカットの嵐が吹き荒れる本社、そして原子力という蜜に群がる政財官や裏社会の人間たちがいた。

 原発トラブル隠し発覚、特捜部の事情聴取、新潟県中越沖地震による原発への深刻な打撃などが次々と襲いかかる。そんな苦難を乗り越え、執行役員兼福島の原発所長へと出世の駒を進めた主人公を襲ったのは、3・11の巨大津波と全電源喪失だった。

 日本の破滅がリアルに脳裏に浮かぶ中、男は死を覚悟して陣頭指揮に立つ。

 

【感想】

 余りにも衝撃的だった3・11の東日本大震災津波による被害。そして原子力発電所に水素爆発が起きた時の映像。日本が最終局面を迎えたと感じたあの頃の記憶はまだ生々しい。

 主人公富士祥夫のモデルは言わずと知れた吉田昌郎。本作品では仮名としているが、ほぼ、吉田昌郎の人生をトレースしている。1979年に東京工業大学大学院を卒業し、通産省の内定も受けたが、運命に導かれるように東京電力に入社。その後本店勤務はごくわずかで、原子核工学を専攻していた知識を生かし、原子力発電所の「現場」を転々とする。ちなみに最初に配属された勤務先は福島「第二」原子力発電所2号機の建設事務所で、問題の「第一」の隣り。そして原子力に関する「技術」と「政治」をつぶさに目の当たりにして、会社人として出世していく。

 原子力発電所の事故とその対応から、象徴となった吉田所長への毀誉褒貶は激しい。

 曰く、海水注入を会社や官邸の命令を無視して継続したのは、重要事態にあるまじき行為。

 曰く、結果的には海水注入は原子力の暴走を止める効果はなかった。

 曰く、以前から地震津波対策を軽んじていた。

 曰くコスト意識が強く、以前から補修点検に対しての備えが甘かった。

 それなのに「悲劇のヒーロー」として扱われるのはどうか・・・・

 

 これに対する反論もあるが、ここではいちいちと繰り返さない(そして「面倒な」菅直人とのカラミも)。ただ彼は、そして彼らは命の危険があるにも関わらず、避難を拒否した。防護マスクや食料が極端に不足している中で、彼ら「Fukushima50(実際には69人)」が踏みとどまった。ベントや電気の復旧をしていなければ、原子炉は6つとも爆発し、燃料プールも全部溶融し、東日本が壊滅、日本が「3分割」された可能性があった

*この「事件」は、映画にもなりました

 

 もっとも、吉田所長でなくても、別の人が同じ立場だったら、おそらく吉田所長と同じような行動をとっていた可能性は大きい。ただ現実は「その時、彼がそこにいた」。そして破局がリアルに感じる中で、様々な情報が入り乱れて錯綜し、普通ならば何かに頼りたくなる中で、例え命令を拒否しても自分の信念を貫き、部下を一緒に「死地」に導く統率力を発揮した。

 戦後のエネルギー政策の大きな転換期になった「事件」。それを作者黒木亮は、自らの特徴である透徹した文体で、吉田所長が入社してからの「原子力村」に生息する人間が巻き起こす事実を、淡々を記している。利権に群がり、原子力は低コストという「幻想」を提示しながらも、その解答は留保している。

 そこに描かれる吉田所長は特別な英雄ではない。企業の論理に巻き込まれながらも、自分の技術と思いを信じて、一会社員として歩んでいく姿である。だが現実は「その時、彼がそこにいた」。そして吉田所長は、半年ほどで食道癌が発生し、その後全身に転移して、事件から2年余りで「戦死」する。

 その「原発所長」に対する作者の思いは、タイトルにある、唯一無二を表す定冠詞「THE」に込められている

原子力発電所の問題を、法曹の立場から論じている箇所もあります(吉田所長の画像を添付しようとしましたが、見るに忍びなくなり、止めました)。