小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 一瞬の寵児 清水 一行 (1997)

【あらすじ】

 東京拘置所に収監された北原甲平。故郷から上京し、新聞配達をしながら名門大学へ通う苦学生だった男は、ふとしたことがきっかけで医師として成功し、そして不動産業界へ華麗に転身する。

 バブル経済で巨額の財をなし、業界の「寵児」と呼ばれるまでになった男は、バブル経済が崩壊した際、スケープゴートとして「入札妨害疑惑」という、濡れ衣とも思える罪状で逮捕された。一人の男の栄光と転落を通してバブル経済の本質を描く。

 

【感想】

 バブル景気は1986年12月から1991年2月までの期間と言われている。株価はNTT株を筆頭に軒並み上昇し、不動産は1日どころか時間単位(!)で地価が上昇。キャピタルゲイン(資産上昇を見込んだ利益)を想定して企業から個人に至るまで、絵画や高級車も含めて投資を行い、ノンバンクがどんどん貸し込んでいった。不動産の高騰により、地価の上昇を見込んで購入する「住宅すごろく」(若い時に小さなマンションを購入し、転売を重ねて一戸建てを購入する動き)なる言葉も生まれ、巨額になる相続税を心配する心理につけ込んだ「変額保険」という商品も生まれた。

 主人公北原甲平のモデルは桃源社社長の佐佐木吉之助。本作品と似たような経緯で慶応大学法学部から医学部に転部して、医師免許を取得後港区で開業。サイドビジネスで始めた不動産業が当たり、まさに「キャピタルゲイン」に基づく計算を根拠に高値で不動産を買いまくり、一時は資産5000億円を超える財を成して、日本第2位の資産家となった(1位は堤義明会長)。バブルの象徴として扱われ、「西の末野興産、東の桃源社」と呼ばれた。

 

 *佐佐木吉之助(令和電子瓦版より)

 

 バブル景気は個人の力ではできない。政策があり、金融があり、デベロッパーがあり、「思惑」がある。それらが競争も加わって加速度を付けて回転し、その遠心力は全ての産業、個人に波及した。「現在株を扱わない経営者は無能だ」と放言した経済評論家もいたが、当時はあながち間違いではないと思われた(とは言え、経済評論家がそう言って煽るのは、当時から疑問だった)。個人が一代で何千億もの資産を10年や20年の単位で築くことは、それこそ1人ではできない。

 佐佐木吉之助は国会で証人喚問され、偽証罪という、後から見ると「生贄」としか言いようがない罪で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受ける。そして後に、このバブルの創成から崩壊に至る経緯を「蒲田戦記―政官財暴との死闘2500日」で著す。その内容は一方の視点からであり直ちに信用はできないが、実名で国・政治家・銀行・ゼネコンが行った、バブルの裏側を赤裸々に語っている。

 清水一行は主人公を、少年時代の恵まれない生い立ちから文学青年としての性格、そして運命のいたずらで医学部に転部して当初想定していなかった医師になる姿を、控えめに描いている。その構図は、ロッキード事件に巻き込まれた伊藤宏を描いた「逆転の歯車」を連想する。

 バブル景気に巻き込まれた主人公。元々は違う世界にいた可能性もあった人生の「運不運」もある。但し主人公はバブルを自分の意志と判断で渡り歩いた。とりわけ第1位656億円、第2位230億円となった土地入札劇は、自身の考えに基づいたもの。末野興産社長はひたすら「申し訳ありません」と詫びたが、佐々木吉之助は政策の失敗を追求して、「生贄」に相応しい役回りを演じた。

 バブル崩壊後、政官財と「総懺悔」をして反省を述べて「失われた10年」になるのだが、そこにはバブルでしわ寄せされた個人に対する救いはない。バブル景気とその崩壊の「本質」とは何か。それを清水一行は、一個人の人生を、少年時代から遡って描くことによって、読み手に感じてもらおうと試みた。

 

*佐佐木吉之助がバブルの裏側を描いた作品です。