小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

16 兜町物語 清水 一行 (1985)

 

【あらすじ】

 1965年の証券不況に際して、持ち前の剛腕を買われて株式本部長に抜擢された谷川欣治は、興業証券の危機的な状況を、果敢な判断と実行力によって見事に回避する。その後経営陣を刷新して、興業証券を戦う集団に変貌させ、社長になってからは首位の野村證券の牙城に挑む。

 一方ルポライターの安部良治は、証券不況下で特ダネの山一證券経営危機の事実を掴んだが、地方紙の報道協定破りで夢破れ、作家への転身を狙っていた。夢を追い求める二人の男が、苛烈な競争に明け暮れる兜町で出会い、そして別れていく。

 

【感想】

 清水一行のデビュー作「小説兜町(しま)」の続編ともいうべき作品。デビューして20年経過して、清水自身の作家生活を振り返る、ノソタルジーが溢れる構成になっている。主人公の安部良治は証券不況を機に作家に転じて、若手として出版社の意向に左右されながらも、自分が開拓した経済小説の分野を1人で切り開く姿が、「兜町」を舞台とする相場師の姿と重なる。

 そしてもう1人の主人公となる谷川欣治、モデルは日興証券中興の祖で、当時営業部長の中山好三と言われている。谷川は証券不況の時に、評価損を気にする周囲の反対を押し切り、売れるだけの手持ち株を売りまくりって、キャッシュを手にして経営危機を乗り越える立役者となった。そして売り続けた谷川が「買い」に転じる場面が見事。その判断と胆力は、日本海海戦東郷平八郎連合艦隊司令長官が、甲板上で指揮を執り、バルチック艦隊を目の前にして「取り舵一杯」と命じた「丁字戦法」を彷彿とさせる

 

 日銀特融を決断して、1965年の証券不況を救った田中角栄大蔵大臣

 

 証券不況を乗り切った株屋と作家は、お互いが気になる存在として邂逅する。作家安部は、経営危機を乗り切った谷川の手腕と豪胆な判断力、そして「兜町」に生息する数少なくなった相場師の一人として、特別な目で見る。対して谷川は、安部をただの作家ではなく、兜町に刺激を与え活気をもたらした、証券業界の支援者としてとらえ、一旦はお互いの視線は一致する。

 だが谷川が興業証券を「戦う集団」とするやり方は、徐々に無理が生じてくる。銀行管理下で理論を振りかざす天下り社長に対して、証券界の「ベテラン」として営業第一主義を掲げて対抗。そのやり方が疎まれて外部出向を命じられるが実力で阻止して、その後はあからさまに反旗を翻し、理論派の社長を追いやってしまう(この辺の事情は、社長側を描いた高杉良著「小説日本興業銀行」を併せて読みたい)。そしてプロパーの社長就任を目指して「参謀役」として暗躍するも、「神輿」を次々と失い、ついには参謀自らが社長に就任する。

 社長に就任すると、証券界のガリバー、野村證券に追いつき追い越せと、無理な営業を続け、強烈なノルマで組織は疲弊する。その推進のためには反対勢力を排し、次第にイエスマンのみを周囲に固め、「裸の王様」になっていく。一瞬でも野村證券を追い越そうと、無理な株取引を行なうと、野村證券も途中で気づき強引な取引をやり合うが、最後の最後で力尽きるのが「谷川」の象徴的な場面となる。そこで自分も病魔にかかり、志半ばで退陣を余儀なくされる。

 そんな谷川を安部は思う。証券不況の時は同志であったが、だんだんと心が離れていく。それは証券不況に直面した時には、1人の才覚と胆力で危機を乗り切った男が、だんだんと組織に取り込まれていく姿を見ていくからだろう。それはそのまま「兜町」という株式市場が大きくなり、1人の才覚では太刀打ちできない存在になったことの表れでもある。

 そんな中で、昔のやり方を通して1人で新しい分野を開拓していく「安部良治」の厳しい立場と、取り残されていく哀惜も描いている

 

nmukkun.hatenablog.com

 

*デビュー作を振り返った、ノスタルジー溢れる作品でした。