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【あらすじ】
司法警察に勤務するモガール警視を父に持つ女子大学生ナディアは、同じ大学に留学している日本人・矢吹駆に一目惚れして、積極的に近づく。「現象学」を研究している矢吹駆は、各地を放浪した過去を持ち、まるで苦行僧のように禁欲の生活を営んでいた。
ナディアの友人マチルドが、赤い「I」の署名がある脅迫状を受け取る。これをマチルドはスペインとの戦争で行方不明となったままの父親イヴォンからのものだと信じる。興味を持ったナディアは、脅迫状が届けられたマチルドの叔母オデットの家に行き、その家で出会った人々の怪しい雰囲気を嗅ぎ取る。
それから数日後、オデットが何者かによって殺され、首を持ち去られる事件が起きる。脅迫状を送ったイヴォンの復讐なのだろうか? しかし警察は、オデットと同居しながらも仲が悪かった妹ジョゼットを有力容疑者と見なす。
【感想】
元々は学生運動に関わり、共産主義系の学生組織のイデオローグだった笠井潔。あさま山荘事件などで運動が内ゲバに移るのに失望して転向。パリ留学し、哲学を中心とした学問を学ぶとともに、ミステリーに収まらない広範な出筆活動を行う。
本作品はそのデビュー作。作者の経歴を反映して、日本人が書いた作品とは思えない内容になっている。日本的な情念や日本社会の問題を突き放し、パリを中心としてヨーロッパの情勢に限定した作品となっている。そのためか、日本人の登場人物は1人。非常に「バタ臭い(褒め言葉です)」雰囲気で、欧米作家が書いたミステリーのように読み進む。
首の無い死体の登場。これは誰でも名作「エジプト十字架」を連想する。そして「ミステリー好き」で好奇心旺盛なナディアも、首無し死体による被害者入れ替えトリックに固執して「ワトスン役」としてのいい立ち位置をしてくれる。オデットと、現在行方不明となっている妹のジョゼットは入れ替わったのではないか、そして犯人はオデットの恋人ではないかと。
*作者も意識したというエラリー・クイーンの傑作「エジプト十字架の謎」
ところが警察のモガール警視は、警察のリアルな立場から、妹のジョゼットが犯人で、お金を奪ったのではないかと筋を読む。対して矢吹駆は、自身が実践している「現象学」から推理を進める。思考の前にある「本質直感」、すなわち「人間の行動を決定する常識に基づいて考えれば、結論から前提を導くことができる」とする思考法を使って、事件の謎に迫る。
そして矢吹駆が披露した真相は、まさに「事実の積み重ね」とは離れた、結論から前提を導く真相。ナディア(一般読者)の推理手順では到底導き出せないものであり、ナディア(一般読者)は強烈な衝撃を受ける「謎の解明」となっている。そして犯人が暴かれてからの物語、犯行の動機で語られる内容やその後の展開は、作者笠井潔の経歴にふさわしいもの。作者自身が失望した経験を生かして犯人に投影し、一方で事件は単なる暴力行動とは一線を画して、ミステリーのテイストは維持したまま読者を唸らせる。最後の犯人と駆の対決も含めて、作者の概念が小説という形に昇華したような作品。そして「新本格」の萌芽も見える。
矢吹駆シリーズはその後「サマー・アポカリプス」、「薔薇の女」と印象的な作品が続いて、その後に超大作「哲学者の密室」で1つの頂点を極める(しかし私如きでは書評は寄せ付けない堅牢なロジックとなっている)。その後21世紀になってからは、矢吹駆は日本に戻ってシリーズは続いている。作家自身も長編ファンタジー「ヴァンパイア戦争」や、推理小説とともに社会評論でも旺盛な作家活動を続けている。
(作者の経歴や現象学についての記述は、ウィキペディアから管理人が要約して転用したものです。)
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*作者が到達した1つの頂点の作品