小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

8 エジプト十字架の謎 (1932)

【あらすじ】

 片田舎のアロヨ村近くでクリスマスの朝、T字路にあるT字型の道標に、首を切られT字型に吊るされた死体が発見された。そして被害者の家のドアにはTの血文字が記されていた。エラリーは、T字型がエジプト十字架の形であることを説明し、裸体主義者の預言者に疑いの目を向けるが、決定的な証拠が得られない。

 半年後、第2の殺人、第3の殺人が発生する。被害者は同じく首を切られT字型に吊るされていたが、依然として犯人の正体はつかめない。

 しかし、第4の殺人において、現場に残された手がかりから、エラリーは遂に犯人の正体を見破る。

 

 【感想】

 実はミステリーの「ファースト・コンタクト」がこの作品。小学2年生の頃、兄が学校の図書室から借りてきたジュブナイル版のこの本を見て、背伸びして「僕もこのくらい読めるよ」と宣言して手に取った。

 そして、背伸びの代償(?)は大きかった。最初のシーンが大きなトラウマとなる。道標に磔(はりつけ)にされた首無し死体を想像すると、しばらく夜1人でトイレに行けなくなり、T字路を避けて通るようになり(笑)、そして小学6年生の冬までミステリーから遠ざかることになった。

 中学1年になって文庫本で再読。何とか(?)最後まで読み通した。第1の被害者と思われた小学校校長アンドルー・ヴァンの正体。そしてヴァンを含む兄弟に対する復讐鬼クロサックの存在。洗練されたクイーンの作品らしからぬ、兄弟が次々と首無し死体となる凄惨な殺人事件が続く。

 中盤でのパイプに対する推理。パイプがここにあるのは不自然→不自然なものは理由がある→そしてその理由は事件の真相のカギを握っているといる三段論法。まずパイプの存在を不自然とも思わないため、そこから推理を進められない平凡な私。

 終盤でのチェッカーに対する推理。死体がチェッカーを握っている→盤面からみて、1人の練習(執事の証言)していたわけではなく、対局者がいた→対局中に殺害されたので、相手は顔見知りという三段論法。チェッカーのルールがわからないのを言い訳に、考えもしなかった凡庸な私。

 特にチェッカーの推理は「オランダ」を思い出させ、本来ならばこれらも全て「読者への挑戦」の後に、まとめて披露されるはず。だが今回、これらは全て挑戦前の段階で推理が繰り広げられている。「ギリシャ」で容疑者を二転三転させたクイーンは、今度は「先祖帰り」して、テーマを犯人の正体に絞り込んで「読者への挑戦」を行っている。

 そのため「凄惨な連続殺人事件」といくつかの謎ときが次々と繰り広げられ、どんどん読み進められる。そして最後の殺人事件の現場から、そのままアメリカ全土を股にかけ、犯人を追跡するダイナミックな展開。その勢いのまま、事件の真相を考える間もなく、解決になだれ込んだときに受けた衝撃は大きかった。

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 犯人の追跡劇が決着を見て、列車での帰路、エラリーが関係者を前に事件の真相を説明する解決編(これと似たシーン、ホームズの短編で見たぞ!)。なぜ4回も凄惨な「首無し死体の磔」という事件現場が必要だったのか。「ヨードチンキ」の手がかりが、真相にどう繋がっているかがわかった時の「収まり感」は何物にも代えがたい。ジェットコースターのような展開から、最後は大ナタ一閃。着地はあまりに見事

 なお、この犯人像の設定、そして連続殺人とその意味合いなど作品の骨格は、本作と同年刊行されたクイーン作品と同じ軌跡を描く。

 何年もかけて読み終えたご褒美か、本作の締めくくりの言葉「終わりよければ総てよし」が、素直に心にしみ込んだ。