小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

11 写楽殺人事件 高橋 克彦 (1983)

【あらすじ】

 浮世絵を教える大学の講師津田は、骨董市で明治時代に発行された古い秋田蘭画の写真集を安く購入する。眺めていると、蘭画の小さな落款に驚くべき文字を発見する。それは「東洲斎写楽近松昌栄画」。以前は東洲斎写楽と名乗っていた人物が、近松昌栄と名乗りを変えたものと読める。

 突然現れて、10カ月で140枚という大量の浮世絵を書き上げ、そしてある日忽然と姿を消した謎の人物写楽。津田はその真偽を検証すべく、ますは近松昌栄を求めて秋田に赴く。

 津田は膨大な資料を確認し、現存する証拠との整合性も確認して、近松昌栄は写楽であることを確信する。この新説を津田の師であり浮世絵学界の大家でもある西島に発表し認められる。そしてこの世紀の大発見に伴って、名誉や金銭欲などの醜い争いが始まり、殺人事件に発展していく。

 

【感想】

 東洲斎写楽。この謎はまるで邪馬台国論争のように、浮世絵に興味を持つ人を引き付けた。歌麿、広重、北斎などのビックネームの浮世絵師はもとより、戯作者、歌舞伎役者、版元など、様々な人物と結び付けている。現在は落ち着いて、元々記録のあった蜂須賀藩お抱えの能役者の実在が確認され、その斎藤十郎兵衛が写楽であるという説が有力になっている(これまでの騒ぎは何だったのか?)。

 本作品は「秋田蘭画」の流れを正体に結び付けた。秋田蘭画とは、鉱山開発を進める秋田藩が招いた、蘭学者の平賀源内が教えた西洋画の技法が源流で、その後独自に発展したという。ちなみに島田荘司も「写楽 閉じた国の幻」で、やはり西洋画の影響からルーツを導き出している。

 乱歩賞作品でも私は1、2を争うと考える本作品。かなり専門的な内容だが、このようなディテールが作品に説得力を加え、その後の江戸川乱歩賞の傾向になっていく。

 物語も写楽の調査過程を丹念に描くことで進んでいく。興味ある人、興味ない人で分かれるだろうが、浮世絵の知識がなくても楽しんで読み進めることができ、一種の「歴史ミステリー」になっている。

 

 ところがそこから「学界」の醜悪な面を容赦なくえぐり出す。この辺も作者高橋克彦の経歴が活きているのか(短期大学の専任講師で浮世絵を教えていた)、リアリティに迫る勢い。そして本作品の特徴は、殺人事件の解決も見事だが、もう一つの「罠」が仕組まれているところ。その綿密で巧妙な罠は、浮世絵の専門知識がないと思いつかずまた描けないが、そんな内容を浮世絵初心者の読み手にもわかるような形で伝えているのが巧み。余りにも見事などんでん返しで、本来の事件が霞んでしまうほど(笑)。その後に描かれた作品「北斎殺人事件」「広重殺人事件」でも、二番煎じにならないように巧みに利用して、それぞれの作品に深い印象を与えている。

 主人公の津田は初期浮世絵作品シリーズですぐに「お役御免」となる。その後は「美術探偵」塔馬双太郎が主役を引き継ぐことになったが、その塔馬もすぐに退場し、高橋克彦は当初から希望していた伝奇物、そして歴史小説に分野を広げて活躍することになる。

 伝奇物の「総門谷」シリーズ、「竜の柩」シリーズ、「刻謎宮(ときめいきゅう=ときめき)等は高橋克彦の想像力を自在に駆け巡らせた傑作で、私のジャストミート作品。歴史小説では大河ドラマの原作となった「炎(ほむら)立つ」や「時宗」。そして直木賞を受賞したのはホラーシリーズの「緋い記憶」と守備範囲が広い。

 日本人で最初にビートルズに会ったという肩書もある高橋克彦。「短期大学の専任講師」の肩書は、本作品の主役である大学専任講師の津田ともども、デビューしてすぐにお役御免となった。

*タイムパトロール物で、沖田総司坂本龍馬、そしてアンネフランクまで登場して古代ギリシアや中国などを駆け回る、全ての知識を入れ込んだ「お腹一杯」の作品。