小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 新任巡査(新任シリーズ) 古野まほろ (2016~)

【あらすじ】

 主人公は愛予警察の2人の新人警察官。上原頼音(ライト)は不器用だが実直に物事に取り組む性格。内田希(アキラ)は美人だが、周囲の空気を一切読まない切れ者。そんな2人が警察学校を出て、駅の東と西にある交番に配置される。ライトは配置してすぐに勤務。掃除、挨拶、立ち番、巡回連絡。近所に挨拶がてらに情報収集し、マンションを戸別訪問する。24時間当番制だが、実質労働時間ははるかにオーバーして、覚えることが一杯のまま初日が終わる。対してアキラは夜勤で、さっそく不審者の職務質問から、背後に潜む事件を暴く活躍を見せる。

 そして2人が目の前の仕事に奔走する中、愛予警察内に不穏な空気が流れる。「新任巡査」たちも巻き込まれ、2人に危険が迫る。

 

【感想】

 デビュー作「天帝のはしたなき果実」においてミステリー界における「奇書」の嫡子として、その流れを引き継いだ古野まほろ。独特の世界観を構築しつつ複雑華麗な「謎」を論理的に、時には論理を超越した作品を発表してきた。ところが突然「先祖帰り」して、自身の出身である警察内部を、緻密なディテールで描いた。

 その描写はリアルそのもので、まるで「巡査マニュアル」の内容。配属日初日に焦点を当て、警察内部の仕事を知らない読者はライトと一緒に戸惑いながらも、巡査という仕事の内容。書類の書き方、報告の仕方、そして「なぜそのような行為が必要か」まで先輩を通じて1つ1つ説明を受け、理解していく。その熱量を帯びた描写の分量は400頁を優に超えるほど(!)。この間は全くミステリーではないが、その内容に引き付けられていく。

 そしてこの作者らしい、ミステリーの部分も忘れてはいない。巡査の日常を描くだけかと思って読み進めると、突然大きな事件が2人を待ち受ける。それまで膨大な量をかけて巡査の業務を描いた部分が、全て「前書き」のように場面が一変する。それまで書かれた熱量に圧倒されたために見落としていた伏線が浮き上がり、最後に見事なまでに集約していく。

 アキラの並外れた能力も見事だが、ライトの「誠実さ」「愚直さ」も警察官に必要な、否、1番重要な資質であると訴えている。キャリア組、警察大学校主任教授として警察の問題事件や不祥事についても研究・講義した経験のある作者として、ライトに託した。わざわざ癖のある先輩と絡ませてライトの対応とその先輩警官が心を入れ替える様子を描くところは、その表れであろう。

 

 作者は次作「新任刑事」で、今度は強行犯刑事としての「マニュアル」を同じ熱量で描いている。そのリアルさは、警察小説で「知ってるつもり」になっていた読者の理解をはるかに凌駕している。事件現場での確認方法と内容、死体検分、事件性の確認、書類の書き方、そして捜査方法をこれまた単行本1冊を遥かに超える分量を使いながらも読者を読ませる筆力は素晴らしい。

 第3作「新任警視」は一転して、自分を投影させたかのようなキャリア組の新任警視が、若くして就任する組織の長としての役割と苦労を、これまた大きな事件を背景に描いている。

 そしてこれら3作に共通しているのは、まだ組織の色に染まっていない(キャリア組は余り断言できないが)若者が、それぞれの業務を通して警察に対する熱意と情熱。特に「新任巡査」では、愚直なライトに命の危険が見舞うことに対して責任を感じる周囲と、そんな警察に愛想を尽かす恋人を描きながらも、ライトは警察を去る決断はしなかった。そんな警官に警察は支えられている。否、そんな警官が警察を背負って欲しいと願う作者の心情が、作品の端々に溢れている