小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

10 暗闇坂の人喰いの木 (御手洗潔:1990)

【あらすじ】

 晒し首の名所である暗闇坂にそそり立つ樹齢2000年の大楠(くすのき)。この巨木には次々と人間を飲み込むという伝説がある。過去の少女の死体が大楠の上で発見される事件が起きるが、真相は判明としていない。そして伝説が繰り返されるように、大楠から死体が1人、2人と発見されていく。まるで意思を持っているかのように。この不可解な謎に御手洗潔が挑む。

 

【感想】

 「占星術殺人事件」、「斜め屋敷の犯罪」と続けて上梓したあと、御手洗潔を探偵とする大掛かりなトリックの作品は一旦終結し、その間カッパブックスの「吉敷竹史シリーズ」に力を注いでいた(綾辻行人など後進を引っ張るために、早急に自身の地位を固めたかったと、全集の対談でも語っている)。また御手洗潔を復活させた「異邦の騎士」が高い評価を受けたため(この作品は取り上げづらいのでスルーします)、自分の思った作品を世に出せる準備も整ったのだろう。この年「本格ミステリー宣言」を刊行する。

 そんな島田荘司が満を持して不可能トリックに取り組んだ大作。まず「人を喰う木」という魅惑的な謎を提示し、その謎にまつわる事件を構成する。大楠のある家の主人はジェイムズ・ペイン。日本で外国人の子供たちのための学校を建設し自ら校長を務めた。教育者の鏡と言うべき存在で、周囲からの評判も良かった。日本人の妻と3人の子供がいたが、子供達が大きくなる前に、故郷のスコットランドに帰ったとされている。

 残された妻八千代と3人の子供。まず長男、次男がともに大楠の上で死体となって発見される。そして八千代も重傷を負い、亡くなってしまう。八千代が残したダイイングメッセージには娘のレオナの名が残っていたためにレオナが犯人をして疑われる。レオナは女優として活躍しており、この事件では容疑者の立場や配慮など御手洗に助けられたため恩を忘れず、次回作でも登場する。

 家族全員に不幸が降りかかり、大楠の存在は嫌がおうでも高まり、不気味にそびえ立つのが読んでいて想像できる。大樹は1本でもその根元にいると光を遮り不気味な雰囲気を感じる。またその樹齢と葉脈を辿って生命の胎動を感じるのは神秘的でさえある。そんなイメージがこの物語に相乗効果を与えている。

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 「人を喰う」木の正体については何とか着地した感もあるが、今回も「大風呂敷をキチンと畳む」作品となった。そして本作品は事件の背景についての物語が緻密に、そしてかなりの量を割いて書かれている。エキセントリックな背景については過去の事実や資料などを披露して、「占星術殺人事件におけるアゾート」のような異常行動が不思議ではないことを読み手に説明し、本作品の「不可能トリック」が納得できる効果を与えている。

 文庫本で700ページに届かんとする分量。分厚い本が流行する以前の作品(京極夏彦のデビューは1994年)。「占星術」、「斜め屋敷」では「評論以前」と酷評された経験から、御手洗シリーズが認知されるまでは、不可能トリックに説得力を与えるために相当の分量が必要と作者は考えたのか。そしてこの(当時)商業流通には向かない分量の作品を出すには、島田荘司の作品が売れる証明が必要であり、そのためにまず、吉敷竹史シリーズを中心に発表する必要も(先に記載した理由とは別に)あったのだろうと邪推する。

 この作品の後、御手洗潔シリーズで分厚い分量の本を立て続けに発表する。