小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

16 羊たちの沈黙 トマス・ハリス(1988)

【あらすじ】

 若い女性が殺害され皮膚を剥がれるという連続猟奇殺人事件が発生。逃走中の犯人は、『バッファロー・ビル』と呼ばれていた。

 FBIアカデミーの実習生クラリススターリングは訓練中、行動科学課 (BSU)のクロフォード主任捜査官からある任務を課される。クロフォードは監禁中の凶悪殺人犯の心理分析を行っていたが、元精神科医の囚人ハンニバル・レクターは、FBIへの協力を拒絶していた。クラリスは、クロフォードに代わって事件に関する助言を求めるため、レクターの収監されているボルティモア州立精神病院に向かう。

 レクターは、当初は協力を拒んでいたものの、やがてクラリスに彼女自身の過去を語らせることと引き換えに助言することを約束する。そして、クラリスは、父親の死を受けて伯父に預けられた過去を話し、そこで明け方に伯父が羊たちを屠殺するのを目撃したことがトラウマとなっていることを明かす。

 

 

【感想】

 ミステリー史上最高の悪役の1人、ハンニバル・レクター精神科医で、言葉のひとつひとつが相手の心の傷口を少しずつ広げ、そこから深層心理が引っ張り出される。そしてその心理を操り、時によっては崩壊させていく。私にとっては、ベニスの商人の「シャイロック」、ホームズの「モリアティ教授」と並び称される(?)存在。

 このようなサイコ物は、映像化しても原作を超えることはできないケースが多いが、この作品の映画は見ごたえがあった。これもレクター教授を演じたアンソニー・ホプキンスの「怪演」によるところが大きいだろう。そのインパクトからか、レクター教授に追従するキャラクターがその後小説で、テレビで、そして映画で続々と誕生することになる。

 物語のもう1つの軸は、実習生クラリスの成長物語。これは「ボーン・コレクター」のサックス刑事を思い出させる(こちらの方が先である)。最初はレクター教授からすげなく扱われるが、誠実な対応から徐々に会話が増えてくる。但しこの「会話が増える」ところが曲者で、クラリスがレクター教授に取り込まれてしまうのではないかという不安感が物語を引っ張ることになる。こちらも映画では、ジョディ・フォスターが見事に演じている(「ボーン・コレクター」の映画はサックス刑事をアンジェリーナ・ジョリーが演じたのに残念だった・・・)。

f:id:nmukkun:20210904202539j:plain

*映画「羊たちの沈黙」より

 

 レクター教授は、移送の隙をついて警備の警察官や救急隊員たちを殺害して脱獄を果たす。クラリスは、レクターが示唆したヒントによってある男性がバッファロー・ビルであると確信する。単身で踏み込んだ彼女は暗闇の中、間一髪で犯人を射殺し、人質を無事に助け出す。

 正式なFBI捜査官となったクラリスに成長の姿が見える。そんな彼女にレクターは手紙をしたためる。きみの全てを知っているのだよ、とでも言わんかのような文字をならべて。そしてクラリスは、その手紙が届くまでの束の間の「沈黙」の期間だけ、甘く深い眠りが許される

 最後まで読み手の心を掴んで離さない。