小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 死との約束 (ポアロ:1938)

【あらすじ】

 訪れた中東のエルサレムで、ポアロはふとした会話を耳にする。「彼女を殺してしまわなきゃいけないんだよ」と。

 そしてポワロはヨルダンの首都アンマンで旅行中のアメリカ人の老婆の不審死の捜査を頼まれる。その老婆は一家の長であるボイントン夫人。元刑務所の看守をしていた時、刑務所所長であったエルマー・ボイントンと知り合い結婚。夫が亡くなってからは、義理の子供を養育する名目で、限られた世界で不快感を与え続ける。家族の独裁者であり一家を牛耳っていたため、恨みをもったやはり一癖も二癖もある家族のだれかが殺しただろうと思われた。

 その一家の名前を聞いてポワロは、エルサレムの夜聞いた会話を思い出す。

  

【感想】

 倍率の良い双眼鏡でスポーツ観戦をすると、ちょっとした動きで対象が外れてしまう場合がある。慌てて対象を探し焦点を合わせると、「そこにいるべきでない人物」がこちらを睨んでいるのを見つけ、ハッとさせられる・・・ わかりづらいかもしれないが、本作品を読み終えた時の印象はこんな感じだった。

 本作品の主人公とも言えるボイントン夫人とその家族の状況を読んで、真っ先に浮かんだのは「Yの悲劇」のハッタ―家。但しあちらは「館」の中におさめられた話だが、こちらは家族全員で死海沿岸に旅行中。クリスティーは中東好きなのはわかるが、この設定で家族旅行はどうなの? 相手の嫌がることをあえて行うボイントン夫人。但し旅行先のためか、息苦しさは「Yの悲劇」と比べ少ない。

 続いて思い浮かんだのは、なぜか短編の傑作「九マイルは遠すぎる」。一言の重みが作品全体を覆っているのが共通項。この読者の引き付け方は、クリスティーはもう名人芸。

 死を予感させる言葉と、死に見舞われるのに相応しい(?)人が揃った。こうなるとボイントン夫人が「いつ殺されるのか」と期待しながら(??)読んでいくしかない(ミステリーだからね)。ポアロの登場場面は余りないが、家族間の疑心暗鬼が交錯する中で物語は進んでいく。そしてようやく期待通りに(???)事件が起きる。

 殺害時間と死体発見時間などで、「タイムスケジュール」が組み立てられるが、読んでいてなかなか頭に入らなかった(アリバイトリックは苦手な私)。まさか以前使ったトリックではないか、とも思ったが、使われていたのは別のトリック(笑)。それよりも誰が犯人か、容疑者は登場人物全てといっていいほど当てはまる。そうわかっていても犯人解明の場面は心底ビックリした。冒頭の発言、動機、そして最初から見せられた表面上の人間関係が、全てクリスティー流の「フェイク」だったことに気が付く。

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 作者と読者と「ゲーム」で、作者クリスティーは意識の全てを一つの方向へ導いておいて、最後に「ブラインドサイド」へのキラーパスで相手の陣形を崩す。クリスティーの巧みな構成にまたやられた。居合抜き一閃、瞬時の解決となる。但し結末は悲劇。

 テレビ版の本作品では、結末が改変されている。この作品の構造からしてとても残念。

 ナイル川に続いて、死海沿岸の「旅情ミステリー」。だが旅情は2作とも感じない。

 それにしても、なぜこんな時期に中東へ・・・(ボイントン夫人のことではありません)