今週のお題「読書の秋」
それにしても、つい先日まで夏だったのにもう冬支度。本当に「小さい秋」になってしまいましたね。
それではまた書評を続けます。
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【あらすじ】
松崎レオナが主演をする映画「サロメ」のロケーション先である死海のほとりで、ヨハネを演じる男が首を切断されて発見され、続いて不可解な殺人事件が続く。状況的にレオナに容疑がかけられ、彼女は拘束されてしまう。ロスアンゼルスにあるレオナの自宅で嬰児の死体が見つかったため、ロス警察も彼女を逮捕するためにロケ先にやってくる。逮捕までのタイムリミットは1日。絶体絶命のレオナを救うために、御手洗潔が日本から、「白馬」に乗って駆け付ける。
【感想】
レオナ3部作の掉尾を飾る作品。そしてついに1,000ページを突破する。
本作品は、まずレオナが精神科医に問診を受けるところから始まる。自分の見る恐ろしい姿をした吸血鬼が登場する悪夢を話し、自身のドラッグ癖なども吐露する。
それから物語は延々、中世ヨーロッパの吸血鬼伝説へと移る。本作品も「水晶のピラミッド」における古代エジプト時代の挿話のように話は進む。ドラキュラ伯爵を中心とする吸血鬼の歴史から、エリザベート伯爵夫人という、吸血鬼のモデルとなり、「何百人」もの人間を殺めたとされる連続殺人鬼を描き、現代に蘇りを示唆する内容に至る。これはディクスン・カーの傑作「火刑法廷」の構造及びそこに登場する連続殺人鬼、エリザベート伯爵夫人が処刑されたから15年後に生れたド・プランヴィリエ侯爵夫人を重ねてしまう。
そして場面は第二次世界大戦時代を背景とした上海の情景に移る。「魔都」と呼ばれた街上海で繰り広げられる怪しげな催しの数々。中国での麻薬による腐敗や宦官、纏足(てんそく)など、やはり怪しげな風習も交えて書き進める。但しこの場面は、後からでないと意図が理解しづらい。
これらを踏まえて、レオナについて精神科医との問診、ドラッグや奇行に潜む異常さを匂わせる。「暗闇坂の人喰いの木」で書かれた、異常な性格を持つ実父の系譜を継ぐ者であり、実母が「男の子供は産まないように」言い残した宿命。吸血鬼の伝説と絡ませ、犯人をレオナに「寄せて」描いている。
今までの話が壮大な伏線となって、(ようやく)ロケ地での連続殺人事件に場面は移る。生首のセットが本物にすり替えられ、巨大なやりに人間が突き刺されるも、クレーンがなければとてもそんな作れない状況など、島田荘司らしい謎の提示が続く。
事件の真相を見ると、吸血鬼の物語も「寄せて」描いていたことがわかる。正直この対比はどうかと思うが、島田荘司は現代社会にある「この事実」についてどうしても書きたかったのだろう。それは本作品の題名(説明は敢えて省く:題名をググるとわかります)を見てもわかる。そして壮大な物語にちりばめた数々の伏線を回収していく手並みはいつもながら見事。得意の(?)建物トリックも今回は脇役に回した。
島田荘司は本作品を発刊した年にロスアンゼルスに移住する。そして旺盛だった創作活動も一旦落ち着いて、翌年には冤罪事件を扱った「秋好事件」を上梓、軸足をノンフィクションに移す。
本作品は創作活動における転換期にある。作品の舞台は、その性質から見て日本でもよかったはず。だが死海のほとりを選んだ理由は、吸血鬼伝説を絡ませたかったからではなく(死海はヨーロッパではなく中東に位置する)、余計な雑音を避けるため「日本以外」にする必要があったのではないか。
LA移住後間を開けて日本に戻り、若手作家の育成に力を注ぐ。それは1986年に海外に出て創作活動を行い、1995年、地下鉄サリン事件を機に日本に戻った村上春樹を同じ軌跡を描いているように見える。