小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4 ナイルに死す (ポアロ:1937)

【あらすじ】

 大富豪の娘リネット・リッジウェイのところに親友のジャクリーン・ド・ベルフォールがやってきて、自分の婚約者が失業中のため、リネットの屋敷で雇って欲しいと頼んでいった。そして後日、その婚約者であるサイモン・ドイルを連れてきたところ、リネットは彼に一目惚れしてしまい、ジャクリーンから奪うようにして結婚してしまった。

 エジプトに新婚旅行に出たリネットらは、しつこくつきまとうジャクリーンにいらだたされ、ジャクリーンから逃げるようにしてナイル川を遡る観光船に乗り込んだが、そこにもジャクリーンの姿があった。そして泥酔したジャクリーンがサイモンと口論になり、ジャクリーンがサイモンの脚を撃ってしまう。そして次の朝、頭を撃たれ死んでいるリネットが発見された。しかも、ジャクリーンが夜中に部屋を出なかったことは明らかだった。

 

 【感想】

 普段は長編小説を読むと「読み終わった!」と思うのだが、本作品は違った。

 まずクリスティーによる「前書き」を読み直し、そのあとおもむろに題名を見る。

 「Death on the Nile」。そして前置詞の「on」に視線が釘付けになり、本作品を思い返す。

 ナイル川の河川上。その川の上を走る遊覧船という舞台の上で繰り広げられた人間模様。殺人事件が主題だが、その中で精一杯生きて、そして演じきった人たち。これら登場人物の心情を、読後あれこれと想像を巡らせることになった。これほど余韻に浸りたくなるミステリーは余りない。

 物語の中心は、あらすじで書いてある男女の三角関係(しかし、男から見る三角関係は、女性一人を男二人が取り合う構図が多いが、クリスティーの三角関係は、女性二人が男性一人を巡る設定が多い。これはクリスティーが女性だから、女性の心理を描きやすいのか、それとも女性の嫉妬や妬みが犯罪につながりやすいと考えているのか・・・)。

 クリスティーならば、この三角関係を描くだけで「ご飯三杯はいける」(雰囲気です、雰囲気ww)。実際、前半の大部分は事件も起こらずこの三角関係を描いて、かつ全く飽きさせない筆力を見せつけるのだが、それだけでない。ほかにも様々な事件やその胎動が描かれ、怪しい人物がそれぞれの事情や陰謀を抱えて「河川上(on the Nile)」の観光船に集結する。そして事件が起き、様々な陰謀も表に出ては消え、怪しい人物と事件の関連を匂わせつつも、最後は観光船で全てが終結する。このように物語のスケールも大きい。

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 事件が終結してから改めて思うと、事件の起こらない前半の記述が素晴らしい。飽きさせないだけでなく、アンフェアにならないような伏線を華麗に網羅するクリスティーのテクニックは見事。ミステリーのトリックメイカーとして素晴らしいが、人間関係を描写するストーリーテーラーとしても並外れている。この並外れた技量が物語の凄まじい「反転力」を生み、読者に驚きと余韻と味わいを与えてくれる

 「アガサ・クリスティー完全攻略」で、作者の霜月蒼はこの作品を評する際に「威容」と「芳醇」の熟語を使っている。「威容」はともかく、「芳醇」はミステリー(殺人事件である)から遠い言葉に思われるが、私も読みながら全く同じ言葉を思い浮かべていた。