小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

16 乱丸(森蘭丸) 宮本 昌孝 (2014)

【あらすじ】

 織田信長が幼い頃から支えた父の森三左衛門可成、そして文武に秀でた美貌の兄、伝兵衛可隆が立て続けに戦死し、弟の乱丸は衝撃を受ける。7歳の乱丸はバテレン見物に賑わう岐阜で、兄にそっくりな人物を見かけ、その人物を追いかけていくうちに守り役とはぐれてしまい、人さらいに捕まってしまった。窮地の中で現れた高齢の師匠は、見事な腕と「無刀取り」の妙技で多くの盗賊を片付けていく。その名は剣聖と呼ばれた上泉信綱

 

 しかしこの騒ぎで、同じ年で守り役の小四郎が責任を感じて切腹し、乱丸自らも謹慎となる。命じたのは長兄に替わって家督を継いだ兄の森長可。この出来事で乱丸は心に重荷を抱えながらも学問に励み、逞しくそして美丈夫に成長していく。

 

 乱丸12歳の時、兄の長可にが嫁入りする。千は天真爛漫で美しく、乱丸にもちょっかいを出す一方で、しっかりと乱丸を観察していた。千の父の池田恒興は信長とは乳兄弟の関係で、千は身近だった信長の性格や嗜好を乱丸に教え、そして乱丸の資質を信長に書き送っていた。やがて信長から文が届く。

 

 安土に着いた乱丸は、そこで岐阜で見かけた兄伝兵衛にそっくりな人物、信長近習の筆頭である万見仙千代と再会する。築城途中の安土城で仙千代は逆恨みした荒武者から襲われるが、乱丸はとっさに思い出した上泉信綱の無刀取りを使って仙千代を助けた。その後奥座敷の掃除を命じられるが、塵一つない座敷に磨き上げ、無機質な中に山百合を添える感覚を信長は認め、近習として迎えられる。

 

  

 *美少年として描かれる森蘭丸ですが、江戸時代は勇猛果敢な武者のイメージだったようです(ウィキペディアより)

 

 乱丸は、記憶力と洞察力、そして予測する能力は抜きん出る一方で、年長者を立てる姿勢を見せて、近習の間でも信頼を得ていった。ある儀式で従者の数が1人足りないことに気づき、そこから盗賊を捜し出す。その者は乱丸が7歳の時捉えられた盗賊の子、真田八郎こと石川五右衛門。その後も五右衛門は乱丸の周辺で動き回り、荒木村重の謀反により籠城した有岡城攻めで、敬愛する万見仙千代を殺害するに至る。

 

 残された乱丸は衝撃から立ち直り、仙千代に代わって、全身全霊を込めて信長に仕える覚悟を決める。そして天下布武を成し遂げるべき配下たち、羽柴秀吉とその妻禰禰の「人たらし」とも言える温かさ、徳川家康の苦労人として信長に従う機微などを学んでいく。

 

 そんな中、乱丸は明智光秀の「腹の底がよめぬ」人柄が気になる。すると乱丸の情報網に、光秀が五右衛門と繋がった。それでも光秀の几帳面な性格と信長への忠誠から、一度は疑いが晴れたと判断した時、水色桔梗の旗が本能寺の周囲を取り囲んでいた。

 

 *映画「レジェンド&バタフライ」では、市川染五郎が演じました(シネマトゥデイより)

【感想】

 「」。左側の偏は乱れた糸を両手で分けるさまを、右側の旁(つくり)は司を著わし、乱を治める意味が1文字に込められている。一般に「蘭丸」と流布されているが、元々「乱丸」の説もあるらしい。そして本作品では「乱」の字を使った。

 美少年で学問にも秀でる森乱丸。織田家中の名門で育ち、若くして信長の近習となるも、18歳で生涯を閉じた若者。最も仕えづらい織田信長という人物の心の内を誰よりも読み取り、そこから解決策を言われる前に導き出す。そんな乱丸の特技に、今でいう「映像記憶」の能力を取り入れた。

 瞬時のうちに情景を記憶し、そこから不自然な点を導き出し、問題を暴き出す。秀吉に仕えた石田三成は数学的な能力に秀でて、家康に仕えた本多正信は人間の機微に通じる心理を操った。対して乱丸は、若くして信長に認められた「異能」を、本作品において様々な場面で披露し、それが織田信長の性格を隈取りする役割を果たしている。

 物語の最初に、7歳の乱丸が偶然、剣聖と呼ばれた上泉信綱と遭遇する場面がある。これは宮本昌孝出世作、「剣豪将軍義輝」にある塚原卜伝が熊鷹の父を殺害する場面と重なり合う。本作品では信長との出会いを印象つけるために、その時に見た「無刀取り」を披露したが、それだけでなく、熊鷹の役割を石川五右衛門に担わせて、最後の本能寺の変まで持っていくのは、流石のストーリーテラー

 

 

 話は全く変わるが、戦前の商工省次官で性格がかなり難しかった吉野信次(大正デモクラシーで有名な学者、吉野作造の弟)は、部下にひっきりなしに「カミナリ」を落としていたが、腹心の岸信介(後の首相、安倍晋三の祖父)にはカミナリが落ちなかったという。岸信介は上司の「虫の居所」を見極める能力もあるが、上司が何を考えているかを、専門外も含めて常に見極め、見事な意見具申と問題解決案を常に携えていたからと言われている。そんな能力を乱丸は10代で、信長相手にやり遂げた。

 

 物語の最後を、嫂の千と、自らの息子を自害に追い込まれながらも、最後まで乱丸に付き従った藤兵衛に幕引きさせたのは、全ての伏線を回収させる意味で見事。天下布武を成し遂げるためには犠牲になる者もいて、血や怨念は避けて通れない。一時は実の母を弑逆して自分も自害する覚悟をした乱丸。

 

 信長は天下布武の偉業を成し遂げるために、第六天魔王となぞらえた。そして乱丸は、魔王に仕える「薩陀(サタン)」になる覚悟を定める。18歳での最期は哀れであり、かつ相応しいものだった。

 

 

*「どうする家康」で森蘭丸を演じた大西利空。この美貌になると、物語が変わってしまいそうです(NHK)

 

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