小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 編笠十兵衛(忠臣蔵異聞)(1970)

【あらすじ】

 旗本中根家の食客で、いつも浅い編笠を被った月森十兵衛。その血筋は名門柳生家でも「別働隊」としてその名を轟かせた柳生十兵衛三厳を祖父に持ち、剣の腕前も祖父譲り。そしてこの家系には、西の丸御留守居役を務める大身旗本の中根塀十郎正冬と共に「将軍家に落ち度あるときはこれを正す」という密命が、二代将軍秀忠の代から受け継がれていた。

 

 時は元禄、五代将軍綱吉の治世。生類憐れみ令が出されて、犬を中心に動物を害する者は死罪や遠島の刑罰も下される時代。そんな中「犬斬り」を行なう曲者を十兵衛が役人から助ける。曲者の名は黒田小太郎と言い、異母兄の妻が五代将軍綱吉の慰み者にされて、怒りのために切腹したことは江戸中に知れ渡っていた。

 

 十兵衛は赤穂藩士の奥田孫太夫と親交を持ち、その伝手で浅野内匠頭長矩と直接言葉を交わす機会を得た。その頃浅野内匠頭は、難儀な勅使接伴の役目を仰せつかっていた。20年程前にも同じ役目を務めたが、当時とは様子が変わり、また指南役の吉良上野介と上手く折り合っていないらしい。

 

 この後十兵衛は舟津弥九郎と井田八郎とに襲われる。2人は15万石上杉家と縁のある道場に通っていた。上杉家の当主は吉良上野介の実子で、跡継ぎがないまま亡くなった上杉家に、吉良が無理矢理実子を養子に押し込んだもの。減知されるも上杉家が断絶から免れたために、吉良は上杉家の功労者という縁にあった。

 

   浅野内匠頭長矩(ウィキペディアより)

 

 そこに江戸城松の廊下で、浅野内匠頭吉良上野介へ刃傷に及ぶ事件が勃発する。吉良の命に別状はなかったが、将軍綱吉は一時の感情の高ぶりから、浅野内匠頭に即日切腹を命ずる。ここで将軍自ら「武士の喧嘩は両成敗」の定法を破ってしまった

 

 世間は当主が切腹して取り潰しとなった浅野家に同情を向け、生き延びた吉良上野介に対して風当たりが強くなる。将軍綱吉も一時の感情で処罰したことを後悔するが、一度決めたことを覆すのは「御政道」の信頼を損なう。「将軍家に落ち度があるときはこれを正す」。中根正冬と月森十兵衛は死を覚悟して「ご政道を正す」決意を固め、赤穂浪士が討ち入りを成功するように、陰に日向に手をかしていく。

    

仮名手本忠臣蔵。「仮名手本」→「いろは四十七文字」→「赤穂藩四十七浪士」と、かけています。

 

【感想】

 「赤穂事件」は事件の約50年後に人形浄瑠璃や歌舞伎で上演された「仮名手本忠臣蔵」が余りにも有名。物語は舞台を室町時代に変えるなど大幅に改変したにも関わらず、そのストーリーが真実の如く世間に浸透され、現在にまで影響を及ぼしている。

 浅野内匠頭の叔父も三代家光の法要の時に「乱心」で刃傷事件を起こして切腹を命じられていて、元々精神的に弱い資質を持つと推測する向きもある。加えて刃傷事件が起きたタイミングも、五代将軍綱吉からその母を「女性初の従一位」に昇進させる厳命に基づき、吉良上野介が自ら京で行った工作活動を受けて、朝廷から大事な使節を迎えるに至った儀式の場。そんな所で責任者の吉良上野介が、嫌がらせを理由に浅野内匠頭に粗相を仕向けるなど有り得ない。何より殿中での刃傷は「理由に関わらず」死罪になるのは明らか。そのため綱吉や吉良上野介については、最近「名誉回復」の動きもある。

 しかし本作品ではともに従来の役割である「悪役」のままで描かれている。しかも池波正太郎はその「色」を強めた。吉良上野介については、津軽家に呼ばれた時に出されたご飯を「まずくて食えたものではないわ」と言った挿話を入れている。他家に呼ばれて、主の面前でこのようなことを発言したら家の体面にも関わり、食事に携わった人たちにも累が及ぶので、正直に言わないのが本来の武家社会の「ならわし」。

 

   徳川綱吉ウィキペディアより)

 

 将軍綱吉に対しては更に辛辣である。何度も家臣の妻を手籠めにして、家臣には権力を背景に忍従を強いる。一方では学問好きで、儒学の忠孝を常に周囲に言い聞かせているだけに、なおさら後味が悪い。ちなみに「仮名手本忠臣蔵」は、あからさまに実際の事件を書くと死罪は免れないため、室町の世を借りて描いたが、その「悪役」として(吉良上野介役として)登場する高師直足利尊氏の家臣)も、人妻を強引に奪う逸話がある。

 松の廊下の刃傷事件のあと、幕府は吉良上野介の役職を解いて屋敷替えを命ずる。当時は役職を解かれたら、役職であてがわれた屋敷を替えるのは通常だが、本作品では赤穂浪士に討ち入りをしやすくする幕府の意向としている。更に吉良上野介が上杉家の米沢に隠遁する希望をなかなか許さず、それまでに赤穂浪士に敵討ちをさせて「御政道を正す」ことを期待している。

 そのために月森十兵衛が陰に日向にと動いて、赤穂浪士に支援をして討ち入りが成功するように仕向けていく。そして十兵衛と関わる大石内蔵助黒田孫太夫堀部安兵衛などは人物像をしっかりと描きながら、十兵衛の期待に応えていく。

 

   大石内蔵助ウィキペディアより)

 

 池波正太郎の作品「堀部安兵衛」や「おれの足音 大石内蔵助」では、「人物」を描いたため、赤穂事件そのものを描くスペースは少ない。対して本作品では、「ご政道を正す」密命を受けた人物を配して、「ご政道にも落ち度がある」ことを前提として、その「落ち度」を討ち入りによって正すことをテーマにしている。

 池波正太郎の根底に流れる思いを考えると、赤穂事件については実在の人物を描いた作品よりも、架空の人物を借りて描いた「時代小説」の方が、取り上げるのに相応しい。

*赤穂事件で重要な役割を果たした2人を取り上げた小説です。