小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

13 鬼平犯科帳「鬼火」(1968~)

 鬼平犯科帳,剣客商売,「仕掛人梅安」と、池波正太郎の名前を不朽のものにした3大シリーズ。ここでは膨大な作品から、シリーズでは珍しい長編作品を1編ずつ取り上げることにしました。

 

【あらすじ】

 「鬼平」こと長谷川平蔵は従兄の三沢仙右衛門宅を辞して、噂に聞いていた「権兵衛酒屋」に寄ってみた。仙右衛門が飲みに来た時に、筋目の良さそうな侍が帰り際に亭主に向かって「丹波守が亡くなった」と告げたという。店に着く時に、どうやら店を見張っているような人影に気づく。

 

 店は「酒は五合まで、肴は一品のみ」の張り紙がり、亭主も女房も口を効かない、全く愛想がない店だが、安くて美味い。無愛想な主人だが、その立ち振る舞いから元は二本差し(武士)に見える。平蔵が勘定を払って外に出ると、また人影が動いた。どうやら権兵衛酒屋を見張っていたらしい。

 

 平蔵は付近で隠れていると、権兵衛酒屋から悲鳴が聞こえた。平蔵は権兵衛酒屋に入り込んで大喝すると曲者は退治したが、亭主も逃げてしまう。亭主から残されて、傷ついた女房のお浜を役宅に連れ帰り、傷の手当てをした。しかしそんな目に遭っても、お浜は亭主の名を言おうとしない。

 

  

  *テレビ版の初代鬼平は、八代目松本幸四郎(初代白鸚:1969~1970)

 

 捕らえた曲者の1人は、容態が急変して「よしの」とつぶやいて死んでしまう。平蔵は部下を使い情報を集めるが、なかなか核心には進まない。その謎の中で、平蔵の命も狙われていた。

 

 そんな中で薬種舗・中屋幸助の店が襲われ、幼い子供も含めて一家皆殺しにされる。容赦のない手段で、1万両は越えると思える大金を奪い去って行った。到底少人数とは思えず、大規模な組織による犯行と思われた。この薬種舗の出入りを調べている内に、ある大身旗本の名前が浮上し、そして「よしの」が繋がってくる。相手が相手だけに慎重にならざるを得ない平蔵は、若年寄に伺いを立て、探索を進める。

 

【感想】

 長谷川平蔵は1746年生まれの実在の人物。父は長谷川家の末子に生まれ、長兄の子(実際には従兄弟と言われる)の「厄介叔父」の立場だったが、当代が若くして亡くなったためにその後を継ぐ。但し先代の養女と結婚することになったため、その前に生まれた平蔵が「妾腹の子」として蔑まされることになる。平蔵はその反動で剣術の稽古でウサを晴らすと共に、「遊び人」として名を馳せて、若い頃は「本所の銕(てつ)」の異名をとった。

 実際の人物というのも驚きだが、その孫はまるで平蔵と生き写しの性格を持った遠山金四郎と仕事で関わり合いをもち、住まいも隣近所だったという。「鬼平」は36歳で父も就任した火付盗賊改の首領も経験した。そんな「鬼平」を池波正太郎は20年以上に亘って、135話にまで作品を重ねた。さいとう・たかをによる劇画も、そしてテレビや映画でも現在に至るまで制作されている。「鬼平」も時には作者から離れ一人歩きをし、人の心を蝕む「悪」を憎む、1つの象徴として使われることもあった。

 

  

 *「鬼平」の代名詞となった初代白鸚の子、中村吉右衛門(1989~2016:ORICON NEWS)

 本作品は第17巻に位置して、「鬼平」の後期にあたる作品。実力は幕閣内でも認められて、悪人からは「泣く子も黙る」存在となっている。そして「チーム鬼平」の面々も自分の役割を心得て、鬼平の意の汲むところは阿吽の呼吸で理解して、その命を遂行するのには遺漏はない。

 本作品は数少ない長編のためか、池波正太郎の筆にも、そして事件にも「タメ」が見られる。発端は偶然から始まる。平蔵がちょっと気になった話から一見の飲み屋に行き、そこで事件が発生する。但しそれだけでは事件の全貌はわからない。そもそも事件も単なる喧嘩の延長のようなものでもあり、平蔵が深入りするものでもない。

 ところが1つ1つの「ディテール」が、少しずつズレて違和感が生じている。気になって探索を続ける平蔵。自らの命が狙われていることも知り、それを逆手に取って自分は殺されたと見せかけて、姿を消して探索を続ける。謎は謎のままだが、次第に大きな「闇」が目の前に表われてくる。

 事件が起きてからも、簡単に全貌は暴けない構図になっている。ピースを1つ1つ拾い集めて、真実を探ろうとする「チーム鬼平」。その手立ては長編ならではのもので、短編とは違った展開を見せて、読み手を最後まで引きつけていく・・・・ まるでアガサ・クリスティー作品の書評をしている錯覚に陥る

 短編のような切れ味とは違うミステリー仕立ての長編物語は、最後に鬼平らしいまとめ方をしている。悪役は悪役らしく、そして事件に巻き込まれた人物たちに対しての同情を禁じ得ない真相。作者池波正太郎が定めた盗みの三ヵ条殺さず、犯さず、貧しきものからは盗らず」を守る盗賊には寛容だが、この定めを超える働きには「鬼」となる。

 鬼平犯科帳を読むと短篇の名手のイメージが強くなるが、元々長編でも数多くの傑作を描いた池波正太郎。それまでの作品群と比べても全く遜色ない。小さな発端から徐々に波紋のように広がっていく、長編としての特色を生かし切った作品に仕上がっている。

 

    

 池波正太郎生誕百年で制作された映画では、中村吉右衛門の甥にあたる十代目松本幸四郎が、松本家三代で鬼平を演じることになりました(映画HP)。