小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

17 仕掛人・藤枝梅安「梅安針供養」(1973~)

 「鬼平犯科帳」,「剣客商売」.「仕掛人梅安」と、池波正太郎の名前を不朽のものにした3大シリーズ。ここでは膨大な作品から、シリーズでは珍しい長編作品を1編ずつ取り上げることにしました。

 

【あらすじ】

 梅安は斬られて血まみれになった若い侍を見つけた。梅安が熱心に看病したおかげで幸い命が助かったが、記憶喪失の状態で、自分が誰だか分からなくなっていた。手がかりは、若侍の羽織には丸に揚羽蝶定紋が付いていること。同時に小杉十五郎の身の上も気がかりだった。梅安はどうしても仕掛人の道から小杉十五郎の足を抜けさせたくて、元締白子屋菊右衛門にもその旨を伝えたが、返事がまだ来ていない。

 

 そんな中、引退したはずの元締、萱野の亀右衛門が梅安を訪ねにくる。亀右衛門は梅安に仕掛を頼みに来たのだ。仕掛の相手は池田備前守の奥方であるという。女相手の仕掛けは過去に嫌な目に遭っていて気が進まない。梅安は仕掛を受けるつもりが無かったが、決死の覚悟で頼みに来た亀右衛門の様子を見て返答を先延ばしにしてもらう。

 

 下調べで武鑑を調べていた梅安は、仕掛けの相手である池田備前守の家紋が、記憶を失っている若侍の羽織の定紋と同じ「丸に揚羽蝶」であることを発見した。小杉十五郎に関して、白子屋菊右衛門からの返事は梅安が求めたものではなかった。梅安は白子屋に一抹の不安を感じることになる。

 

  

 *最初に梅安を演じたのは萬屋錦之介。夢に出てくるほどの迫力でした。(映画com)

 

 そして白子屋も梅安に見切りをつける。元締めの白子屋は、自らを依頼主として、自分の「仕掛人」に梅安を葬る依頼をする。ある日梅安は白子屋の放った刺客に襲われた。絶体絶命の中、小杉十五郎がその場に遭遇して梅安を窮地から救い、刺客に傷を負わせる。

 

 調べを進めて若い侍の正体が判明する。そのことは、梅安が萱野の亀右衛門の仕掛を引き受けることに繋がる。

 

【感想】

 藤枝梅安駿河の藤枝宿の桶職人の長男として生まれる。坊主頭に180cmほどの大男で、両目はドングリのように小さく、額は大きく張り出している。見かけは「海坊主」のようだが、鍼医者としてはことさら篤志家としてふるまっていて、そこからは「影」の職業は微塵も感じられない。親友兼相棒で優秀な楊枝作り職人の彦次郎、跡目争いに巻き込まれて人を殺めてしまい、仕掛人の道に入ってしまった小杉十五郎と協力して仕事を行なう。

 「」と呼ばれる元締が殺しの依頼を受けて、その内容を吟味して、相応しい「仕掛人」に割り振る。今回出てくる元締めの亀右衛門は、前作の「剣客商売」でも登場した人物。また小杉十五郎の剣の師匠もまた、剣客商売で登場している。剣客商売は田沼時代中心だが、この「仕掛人・藤枝梅安」は、田沼の後の松平定信の時代が中心となっている。

 

 

 *渡辺謙が演じた梅安。目付きが独特です(BSフジより)

 

 本作品の内容は、これまた長編らしく、いくつもの「謎」が次第に1つに収斂していく様子が描かれる。名門旗本の奥方を始末する「仕掛け」を軸に、行方不明の若い侍の正体の謎。そして仕掛人の世界に足を踏み入れてしまった十五郎の存在。

 梅安は十五郎をこの稼業から抜けさせようと画策するも、十五郎は仕掛人の世界でないと生きられないと感じている。その思いが、言うことを聞かない梅安を葬り、十五郎を仕掛人の一員に加えたい元締めの思惑が重なり、事件の構図を複雑にしている。

 そんな複雑な構図が、後半になって1つずつ「剥がされて」いく。記憶喪失の若侍の正体が判明して、それが萱野の亀右衛門から依頼を受けた仕掛けにつながっていく。また小杉十五郎は梅安を助けることで、梅安も十五郎は必要な人物と思い直し、仕掛けに同行させる。

 梅安は仕掛けに成功する。しかしそれだけでは終らず、自分なりの決着をつける。但しそんな決着も、池波正太郎はエピソードを重ねて、やはりどちらが正でどちらが邪か、また善と悪が簡単に判別できないようにしている。それでも梅安は受けた依頼は成し遂げる。

 

 社会は混沌としている。そんな善悪定かならぬ中で「仕掛け」をしていく梅安。その姿勢はゴルゴ13を彷彿とさせるが、大きく異なるのは、普段の生活が篤志家の鍼医者ということ。池波正太郎は1人の人物には、様々な「顔」を持ち、善もあれば悪もある。その中で善悪の判断は時代によって変わることを、テーマの1つとして描き続けている。

 

 

 *池波正太郎の生誕100年記念で「梅安」が映画化され、豊川悦司が演じました。(映画HP)

 テレビドラマ「必殺」シリーズのスタートは1971年、当時人気の「木枯らし紋次郎」の裏番組だったが、学生紛争など混沌とした時代に、善悪定かでないストーリーは時代を捕えた。しかしイデオロギー論争も下火になると、分かり易い「勧善懲悪」がもてはやされ、恨みを抱えて無念の死を遂げた人物に、「仕事人」達が恨みを晴らしていくストーリーに変わっていく。

 藤田まことが演じる中村主水の第2シリーズからは、池波正太郎はお気に召さなかったという。