小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 近藤勇白書 (1969)

【あらすじ】

 多摩の農民に生まれた近藤勇は、天然理心流の試衛館に入門して皆伝を受け、養子となって試衛館の道場主となる。ある日、飯田金十郎という浪人が道場破りに来て、門人たちは立て続けに負けてしまうが、勇は自分が出るわけでもなく、近所の斉藤弥九郎道場で塾頭を務める渡辺昇を呼んで、飯田を退ける。

 

 その後飯田は外出先の勇と待ち受けて、勇との勝負を挑む。自分との勝負を避けた勇を軽く見た飯田だったが、勇は目も留まらぬ素早い抜刀術を見せ、凄まじい気迫で飯田に対峙して追い払う。普段は見せない姿を見て門人達は勇を見直し、評判を聞いた妻のつねも態度を改める。

 

 試衛館は居心地が良いためか、他の道場の剣士も集まってくる。その1人、千葉道場の藤堂平助が持ってきた、幕府が浪士を募集している話に乗って、浪士隊に応募する。同じく浪士隊に入隊した芹沢鴨は酒乱の悪弊で、手を付けられない行動を取り、周囲も困り果てていた。ある日部屋割りの手配で、芹沢の部屋を忘れる失態が起きる。暴れる芹沢に対して勇は頭を下げて丁重に謝罪して、凶暴な行為を収める器量を見せた。

 

 浪士隊を率いた清河八郎は、京都に着くなり当初の目的を変更して、尊王攘夷のために江戸に戻り活動を行なうと宣言する。その弁舌に多くの隊士が酔いしれるが、勇は将軍上洛の護衛という当初の目的を盾に異議を唱える。同じく反対を唱えた芹沢ら24名を京都にとり残して、清河は江戸に戻る。残された隊士は会津藩預かりとなって居場所を確保し、「新しく選ばれた」として新選組を結成する。

 

   近藤勇ウィキペディアより)

 

 局長の1人芹沢鴨は、その後も酒を飲んでは支払もせず店で暴れたため、悪評に会津藩も頭を抱えていた。そのため勇と土方歳三は芹沢派を粛清して新選組の実権を握り、厳しい局中法度で統制を図る。池田屋事件で勤皇の志士たちを大量に殺傷させると洛中での名は高まり、入隊希望者が増えて組織は拡大していく。それによって勇もだんだんと見栄を張って、昔からの同志との距離感が離れてしまう。すると伊東甲子太郎による分派活動や山南敬助の脱退騒動なども持ち上がり、勇では組織を制御しきれなくなる。

 

 突然、時勢は回転する。大政奉還から鳥羽伏見の戦いとなり、幕府軍は敗走する。江戸に戻った近藤勇らだが、勝海舟の口車に乗り江戸から離れ、敗走を重ねて行くことになる。そして近藤勇を狙い続けて新選組の隊士を斬ってきた飯田金十郎も、事情を知りすぎた黒幕から命を狙われることになる。

 

 

【感想】

 新選組に対して「同級生」司馬遼太郎は、土方歳三と主人公にして「燃えよ剣」を、厳格な組織を作り上げて統率し、そして殉じた1人の「漢」として描いた。対して池波正太郎は組織トップの近藤勇を、争いを好まず、常に真摯に対応し、必要な場合は頭を下げることも厭わない人物として描いている。そして近藤勇の人物に妻のつねも含めて周囲が心服していく様子を、道場破り、芹沢鴨、そして清河八郎の挿話によって描いている。

 

 ところが組織が大きくなると、自分が大きくなったような「錯覚」を覚える。道場時代からの同志、永倉新八原田左之助とは距離を置いて反感を受けたり、妾を囲ってその妹に手を出したり子供を産ませたり。そして大きくなった組織が近藤勇の「分限」を越えて様々な問題が持ち上がってくる。

 鳥羽伏見の戦いで敗走して江戸に戻る近藤勇は、局長として新選組の行動に固執する。対して幕府側は15代将軍慶喜の意向で恭順の方針を固めたため、それまで幕府のために命を賭けてきたために「血を流しすぎた」新選組は邪魔になり、会津藩とともに「梯子を外される」。

 土方や永倉、原田は自身で進路を選択していくが、近藤勇はそれができない。最後は土方歳三の反対を押し切り、正面から交渉で局面を打開しようとする。ところが近藤勇がこだわった「新選組局長」の看板は、官軍に対しても人物を離れて大きな、そして血に染められた存在となっていた。結局は斬首の上梟首となり、近藤勇の首は京都の三条川原で晒されることになった。

 本作品において「狂言回し」の役割を担った飯田金十郎。最初の出会いから近藤勇を追い続け、尊王派志士にそそのかされて新選組隊士を襲い続ける。そして時流の反転とともに、全てを知っている黒幕から自らの命も追われるようになる。それは幕府から邪魔にされた新選組と同じ軌跡を描く。

 

 池波正太郎は、本作品の前に「補助線」として、新選組でもやや埋もれがちな永倉新八を主人公とした「幕末新選組」を描いた。永倉新八新選組にこだわる近藤勇と意見を衝突させて袂を分かち、その後大正時代まで長命する。飯田金十郎も黒幕の支配から逃れることで87歳まで長命した。

 

 近藤勇は最後まで新選組局長の呪縛から逃れられず、幕府から見捨てられて非業の最期を遂げる。ここからは飛躍になるが、近藤勇の生涯は、太平洋戦争で軍部の命令に従うことで運命を狂わし、そして戦後戦犯として裁かれてしまった中堅将校たちと重なってしまう。根は真面目で誠実だか、時に調子に乗って大言壮語を吐き、時には悩む近藤勇の素顔を、本作品は「白書」(公式報告書)という言葉を使って描いた。

 

 偶然だろうが、本作品が発刊された同年の1969年、アメリカでは学生の抗議運動を描いた「いちご白書(原題:The Strawberry Statement)」が上梓され、翌年映画化された。