小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 蝶の戦記【忍び②:川中島から姉川へ】(1969)

【あらすじ】

 甲賀忍びの一派、杉谷忍びに属する於蝶は、頭領・杉谷信正から上杉謙信のもとに行くように命じられる。上杉謙信は度々刺客に襲われ、軍師宇佐見定行から杉谷忍びの助けを求められたのだ。於蝶は蝶丸と名を変えて上杉謙信の小姓になり、謙信のお椀に毒が入れられたことを見破り、謙信の信頼を得る。

 

 この頃、上杉謙信は策略で事を進めようとする武田信玄に対し、今後立ち上がれない位の打撃を与える決意をしていた。決戦の場は川中島。その頃於蝶の叔父、新田小兵衛も鉄砲の名手である杉谷善住坊と組んで武田信玄の首を狙っていた。善住坊が撃った鉄砲の弾は信玄を捉えたが。それは影武者であった。

 

 川中島の決戦が始まる。軍師宇佐美定行は不遇の時に共に放浪の旅をした信玄の軍師山本勘助と読み会いに入る。武田軍は2つに分け、夜半に1隊が啄木鳥戦法で謙信の陣を襲ったはずだが、いつまで経っても戦闘の音がしない。朝になり霧が晴れた時、無傷の上杉軍が信玄の前に陣を張っていた。別働隊が到着するまで耐えようと決意する信玄。そうはさせじと一気に決着をつけようとする謙信。乱戦の中、謙信は単身信玄の本陣まで乗り込むが、あと一歩で止めをさせない。そこで武田の別働隊が到着し、双方大きな痛手を受けて戦いは終った。

 

*こちらの作品も、宇佐美定行と山本勘助が不遇の時親交があったとする設定です。

 

 川中島の決戦から6年が過ぎた。今度の相手は織田信長となり、杉谷忍びの総力を賭けた働きになる。まずは鉄砲の名手、杉谷善住坊浅井長政が信長の朝倉攻めを聞いて信長を裏切り、敗走する信長を善住房が待ち構え、一撃で仕留めようとする。しかしここも僅かに弾は逸れて信長は一命を拾い、善住房は捕まり、火あぶりとなって命を落とす。

 

 浅井の裏切りによって、浅井・朝倉連合と信長・家康の軍が姉川で激突する。その戦場で杉谷忍び12名全員の総力を結集して、混乱した戦場を利用して信長の本陣に入り込んで首を獲ろうと画策する。

 

 戦いの火蓋は切られた。予想通りの大激戦となり、双方の陣とも乱戦に巻き込まれている。織田軍と戦う浅井軍は、兵数は半分ながら各個の意気盛んで、互角以上の戦いを繰り広げて信長の本陣も混乱した。そこへ爆薬「火竜」を投げ込んで奇襲をかける。頭領杉谷信正は信長の目前まで迫り槍を投げつけるも、混乱でわずかだが逸れてしまい、絶好の機会を逃してしまう。

 

 戦いはそこから徳川軍の巻き返しによって、浅井、朝倉軍が崩れてしまう。信長の本陣にも支援の軍が駆けつけ、杉谷の忍びたちは、1人、また1人と命を失う。そんな混乱の中で意識を失った於蝶はただ1人命を取り留め、杉谷忍びの遺志を引き継いで、改めて織田信長を討つ決意をする。

 

 

【感想】

 本作品は、まず上杉謙信を描く。前作で描いた武田信玄と同様、忍びの目から見ても魅力的な人物として描いている。対して忍びの主人公は女性の於蝶。池波正太郎の描く忍びは、確かに人間としては優れている技量を持つが、「人間業ではない」ことはさせずに、人間の延長線上で描いている。そのため感情もあり、女性としての「武器」も使うが、対して女性の持つ弱さも見せている。於蝶も本作品では、同じ杉谷忍びの善住坊に対する想いを隠そうとしない。但し仲間同士での恋愛は御法度でもあり、叶えられない思いが作品を通しての伏線となっている。

 話はさかのぼるが、室町幕府の立役者の1人、「婆娑羅大名」として有名な佐々木道誉。近江を中心に6カ国を支配した大大名だが、その後近江の北は京極、南は六角と別れた。9代将軍足利義尚六角高頼攻めをしたとき、山中に隠れた六角高頼を匿うために、甲賀忍者が発祥したと言われる甲賀の一派である杉谷忍びは、その後も地元六角への支援を惜しまず、六角義賢織田信長に滅ぼされてからは必然的に浅井長政の庇護下に入り、織田信長に対抗していく。

 古い話が続くが、大河ドラマ黄金の日々」(1978)で川谷拓三が演じた杉谷善住房が非常に印象的だった。本作品では狙撃に失敗して、囚われた後磔の上火あぶりにされるが、ドラマでは土の中に埋められて鋸引きの刑にさせられる。最後に善住房に想いを寄せていた女性が、これ以上苦しまないようにと「止め」をさしてあげたシーンが、今でも脳裏に焼き付いている。なお「逆説の日本史」井沢元彦は杉谷善住房を「世界最古のスナイパー」と指摘して、それが縁で「ゴルゴ13」の原作を依頼された経緯がある。

 

  

 大河ドラマ「黄金の日々」、鋸引きの刑を受ける杉谷善住房を好演じた川谷拓三(NHK)

 

 姉川の戦いで乾坤一擲の勝負に敗れ杉谷忍びは壊滅し、近江を支配していた六角と浅井が、ともに織田信長に敗れるところで本作品は終る。近江の支配者が次々と倒れ、甲賀の主の1人、山中俊房は方針を変えざるを得なくなり、その立ち位置が今後のシリーズを支えていく。対して於蝶織田信長を討つために、甲賀の支配から離れて独自の道を歩んでいく。於蝶は「抜け忍」にはならず、次作でもそして最後にも登場して、息の長い活躍をする。

 ちなみに甲賀は独自性が強いと言われているが(全く逆の意見もある)、伊賀は上忍三家(服部・百地・藤林)の意向が強く働く。織田信長に徹底的に反抗して何度も戦になるが、その後服部半蔵徳川家康を助けたこともあり、徳川政権では伊賀組同心として徐々に勢力は衰えていった。

 全国の戦国武将に派遣した甲賀の忍びは、生き残りをかけて織田、豊臣、そして徳川へと収斂されていく。そんな大勢力につく忍びと、あくまでも楯突こうとする忍び。その葛藤がこの作品で明瞭となり、今後のシリーズに繋がるストーリーになっていく。

 

  浅井長政ウィキペディアより)