小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15 剣客商売「暗殺者」(1973~)

 鬼平犯科帳」,「剣客商売」,「仕掛人梅安」と、池波正太郎の名前を不朽のものにした3大シリーズ。ここでは膨大な作品から、シリーズでは珍しい長編作品を1編ずつ取り上げることにしました。

 

【あらすじ】

 香具師を元締している老人亀右衛門は腕の立つ浪人の波川周蔵に、50両で殺しを頼む。しかし波川は返事を渋る。隠居している秋山小兵衛は偶然、この波川周蔵を2人の浪士が襲っている場面に出くわした。1人で立ち向かう波川は2人と比べて実力がまるで違う。浪川は2人の浪士を簡単にあしらってしまう。

 

 その後小兵衛は、2人の浪士が小田切という武士と密談している所に出くわす。どうやら2人は誰かを襲う企てをしている様子。店の主人に依頼して話の内容を聞き出すと、息子の「秋山大治郎」の名前が出てきたという。小兵衛は、波川周蔵に襲わせる相手が大治郎だと直感する。大治郎は江戸の剣壇で名の知れた剣豪だが、波川の実力も、大治郎とどちらが勝つか分からない腕前である。

 

 

 *主人公秋山小兵衛のモデルは作者と旧知の中村又五郎で、自らも演じました。佐々木三冬役は、朝ドラ「風見鶏」で主演の新井春美(時代劇スペシャルより)

 

 小兵衛は以前、波川と思しき人物と、町ですれ違った時がある。自分は孫を連れて、波川も可愛らしい子供を連れていた。そして弟子の稲垣忠兵衛が病で床に伏せり、見舞いに行くとまた波川とすれ違った。忠兵衛に聞くと、卑しからぬ人物の様子。なぜ息子大治郎を殺害しようとする策謀に関連するのか、謎が深まる。

 

 ついに波川周蔵は、亀右衛門のところに赴いて、殺しの件を引き受けた。その代わり、妻子を人目に付かないところに隠して欲しいと頼む。

 

【感想】

 秋山小兵衛甲斐国出身の三男坊で、剣術で身を立てて道場を開き、大名や旗本にも出入りする江戸でも名の売れた剣客だったが、57歳で突然隠棲する。剣に学び謹厳実直と思いきや、突然剣の修行に励む息子大治郎に、40歳も年下の下女おはるを「手を付けてしまったからな」と明るく言って夫婦となる。隠棲しても好奇心は収まりきらず、市井の厄介ごとに首を突っ込まずにはいられない。

 発刊当時は55歳定年制の時代。男子の平均寿命が50歳代から段々と延びて、70歳を越えたころ。「シルバー世代」という言葉が使われ始め、シルバーシートが設定されたのが、この年の1973年。そして定年後の生活を描いた城山三郎の「毎日が日曜日」が発刊されたのは1976年となっている。年をとってもいろいろな面で「元気」で洒脱な、そして社会の一員となっている老人を主人公とした。

 佐々木三冬。きりりとした男装で、男性に負けない剣術の腕前を誇る麗人剣士。その素性は、当時権勢を誇っていた老中、田沼意次の妾腹の子。意次は三冬を気に懸けるが、三冬は母をないがしろにした父に対しては複雑な思いがある。当時は賄賂政治家の代表とされていた田沼意次を、人間味のある、懸命に仕事に取り組む人物として描いている。ちなみに金権政治と非難された田中角栄総理が退陣したのは1974年。

 三冬はだんだんと女性としての思いが芽生え、小兵衛の息子である剣豪の大治郎と結婚する。ちなみに姑のおはるとは同じ年。「天然」のおはると対照的な人物設定はシリーズに彩りを加えて、水と油のようだが、いいコンビとなっている。

 

 

 *1998年から主演を演じた藤田まことは、元々この主人公を演じたかったと言いますが、「必殺」シリーズの中村主水役が池波正太郎の意に沿わなかったために、生前は認められなかったと自虐しています。おはるは小林綾子、佐々木三冬は寺島しのぶ、大治郎は山口馬木也(時代劇スペシャルより)

 

 本作品は、シリーズの終盤の第14巻。「仕掛人梅安」でも登場する香具師、亀右衛門を登場させて、秋山大治郎を狙う暗殺者と、それを阻止しようとする父、秋山小兵衛を描いている。

 長編作品らしく、最初は池に小石を投げ入れて、波紋が全体に行き渡るのを待つような展開。波川周蔵という本作品の重要人物を読み手に行き渡らせて、心の内は明かさずに、波川がどのように動き、演じていくのかを、主人公の秋山小兵衛と一緒に、想像しながら物語を進めていく。

 そして登場当初は不思議に思った、佐々木三冬という人物設定が「活きる」。シリーズ第一作から登場したこのヒロインに、なぜビックネームの田沼意次の娘、という設定をしたのか疑問だった(妾腹の子、といっても、老中の娘が身分のない剣客親子と一緒になるのは、どう見ても不自然)。けれどもシリーズを追う毎に徐々に馴染み、今回はその関係を生かして、謎めいた展開を最後に解き明かす。

剣客というものは、好むと好まざるとにかかわらず、勝ち残り生き残るたびに、人のうらみを背負わなければならぬ(第1巻「剣の誓約」より)

 剣客として名を馳せた秋山小兵衛の述懐である。それは最後に決断を下した波川周蔵も同じだし、また政治の世界でも同じ。田沼意次は幕閣で出世していく中で、否応なしに人の恨みを買っていく。1カ月後には息子、田沼意知が殺害され、そして2年後には意次自身も、老中を免じられ、領地を没収されてしまうところまでを描いている。

 

 

 *2012年からは主役は北大路欣也。おはるは貫地谷しほり、佐々木三冬役は「歴女」の杏、大治郎役は斎藤工。(フジテレビ)

 

 本シリーズの番外編(「黒白」と「ないしょ ないしょ」)では、秋山小兵衛の若かりし剣客の時代を描いている。小兵衛自らが経験した厳しい「現役」時代を韜晦(とうかい:才能を隠すこと)して、軽妙でのびのびとした「隠棲」生活を送っているように見えるが、随所に「現役」の片鱗が顔を覗かせる

 それは高度成長期をがむしゃらに働いて定年を迎えた、サラリーマンの姿でもある。