小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

16 天命(毛利元就)岩井 三四一(2019)

【あらすじ】

 中国地方の小豪族の次男として生まれた毛利元就。寺の修行中に兄が急死しその子はまだ幼いため、突如大将を任されて、3倍の武田元繁を相手にしなければならなくなる。実戦経験のない元就は、家臣の統率もできず戦の決め手もなく青い顔をしていると、養母のお方様が「父も戦の前は心配で雪隠(トイレ)に籠って、自分に言い聞かせてから戦いに出向いたもの」と言われ、気持ちを取り戻して戦に向かうと、突進する元繁を討ちとり、初戦を勝利で飾ることができた。

 

 名門の強大国大内家と新興の尼子家に挟まれた小豪族の毛利家。兄の子も幼くして亡くなり、元就が取りあえず家督を継ぐことになるが、隣国で毛利の倍の領土を持つ高橋家を内紛に追い込んで、領土拡大することで当主として認められた。一旦尼子家に仕えた元就も再度大内家に従い、尼子氏の名城、月山富田城を攻めることになる。包囲する軍も厭戦気分が高まる中、相手方は地元国衆と連携して背後から襲い大内車は敗走し、殿(しんがり)の毛利軍は絶望的な状況に陥る。

 

 死を覚悟した元就に対して、家臣の渡辺太郎左衛門が元就の鎧を着て身代わりとなって敵に向かい、その間逃げ延びることができた。渡辺太郎左衛門は、かつて元就がその父親を討った過去がある。死に追い込んだ男の息子が、なぜ自分のために命を差し出してくれたのか。考えた末に元就は「天命」、天のほからいで今生きているので、今後はやりたいように生きることが天命に応えることと悟る。

 

  毛利元就ウィキペディアより) 

 50歳になって家督を長男隆元に譲った元就だが、それからの知略が冴えわたる。武略とはすなわち「奇」。柏手の意表を突くことが全てと考える元就は、忍を使って情報収集を行ない、敵の内部に寝返る者をつけ、だまし討ちや裏切りなどの調略、また偽りの情報を流して敵方を疑心暗鬼にさせる。暗殺や夜襲、不意打ちなど、どれが一番勝利に確実なものかを考え抜いて、大軍を相手に「確実な」勝利をもぎ取っていく。そして毛利家の支配を確実にするために、時には古くからの家臣も粛清する。

 

 名門大内家の実権を握った家臣の陶隆房をに対して、何倍もの兵力を相手に厳島の奇襲で敵将の隆房も打ち破る快勝を収め、大内家の領地を奪取。そして長年の敵であった尼子の堅城、月山富田城を5年にかけてじっくりと落とし、中国地方10カ国を支配する全国一の大名にまで成長する。

 

 偉大なる父元就の元で長子としての責任を感じる毛利隆元。野戦でカを発揮する勇猛な将の次男吉川元春。智謀を巡らしつつ、村上水軍と友好を結んで瀬戸内海を制覇する三男の小早川隆景。彼らは父元就を見ながらも人間味あふれた人物に成長していく。しかし元就から見ると、跡継ぎの器量は見えている。元就は毛利の家は天下を望んではならぬ、と言い残して、楽隠居できないまま世を終える。

 

 

【感想】

 戦国時代の梟雄の1人、毛利元就の物語。謀略家のイメージが強く、家督相続も「絶妙のタイミングで」兄やその子が急死したため、疑惑は消えない。しかし本作品では、父も兄も隣国の大国、大内氏などの意向に逆らえず命をすり減らす中で、気弱な(?)元就に突然家長のお役が回ってくる設定。うるさいおじさんに囲まれて、絶体絶命の窮地に「さあどうする」と小突かれて頭を抱える。現代ならばPTSDの仲間入りになるような状況

 初戦を養母のアドバイスと開き直り、そして運にも恵まれ見事な勝利を飾って、何とか自分の立場を確保する。但し隣国の敵だけでなく家臣団にも常に警戒しなくてはならない。そのため毛利家に対して、将来敵対するだろう家臣に対しても「粛清」して、次第に毛利家は強固な立場になっていく。

 

  *宿敵、尼子経久ウィキペディアより)

 

 そんな中で育った元就なので、当初から周囲に信頼はおけず、疑心暗鬼のまま武将として、領主として成長していく。そして経験値も積んで50歳となり、家督を子の隆元に譲ってから真価が発揮する。元就の頭の中で経験と知恵の回路が繋がって、様々な「アイディア」が沸き起こる。敵も尼子経久を始め以前は自分よりも年上だったが、いつの間にか自分が一番の経験を有するものになってしまった。

 情報収集は怠りなく、尼子も大内の内情は全て知っている。そこから繰り出される「謀略」はまさに変幻自在で、相手がどんな大軍を有していても、元就の「思うがまま」に操られる。しかし本作品では、後継者の隆元、そして孫の輝元に対して「楽隠居」を求め、子や孫は元就に頼る姿が描かれる。よくよく考えれば元就も飛躍を遂げたのは50歳過ぎで、それまでは1国の領土もない中での「謀略」に明け暮れていた。自分ができたからと言って、まだ若い子や孫に元就一代で獲得した5国、10国の支配を求めるのは酷だろう。東の雄北条家と同様に、元就も子や孫に天下を望むことを戒めて、「国盗り」がいかに困難かを感じさせた。

 そんな「梟雄」の一生を、今まで元就のイメージにあった「アク」を除いて描いた物語。これは息子の隆元が父を評したように、善人・悪人ではなく、元就の中には様々な性格があり、その「振り幅」が常人とは比べものにならない大きさがあったのだろうと考える(それでもやはり、ちょっと綺麗に描きすぎかな・・・・)。

 

 最後になったが、タイトルの「天命」の由来ともなった、家臣が身代わりになって命を救われた挿話。これは上田原の戦いで武田信玄が、関ヶ原の退き陣で島津義弘が、そして三方ヶ原の戦い徳川家康が、それぞれ家臣が身代わりとなって命を長らえたエピソードがある。

 

 

*「どうする家康」三方ヶ原の戦いで家康の身代わりになった夏目広次。これは「神回」でした。