小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 信長燃ゆ(近衛前久) 安部 龍太郎 (2001)

【あらすじ】

 近衛家の流れをくむ公家の清麿は織田信長に仕え、本能寺の変の時はその遺骸を秘密の通路を抜けて運んだという。その人物から見た本能寺の変の真相とは・・・・

 

 時は本能寺の変の1年半前にさかのぼる。織田信長石山本願寺と和睦し、武田勝頼は眼中になく、安土城を完成させて天下統一が目の前に開けていた。そんな信長を、前関白の近衛前久は昔から危険な人物とにらみ、持てる人脈を駆使して「信長包囲網」を築いていた。しかし織田信長の勢いが突出したため、信長と朝廷が共存共栄する道を探っていた。

 

 対して信長は、朝廷の役割は終えたと判断する。生じた問題は帝の意向を理由にあいまいにして、自ら責任を取らずに物事を進めない公家社会に対して、憎悪の感情を抱いていた。信長は正親町天皇に譲位を迫り、自分が猶子にした五の宮を即位させて、自らは上皇となって朝廷に君臨しようと目論む。対して近衛前久は、皇室に信長が入り込むことは何とか避けようとする。しかし前久の子信基は、朝廷の古いしきたりに嫌気がさし、天下布武を標榜する信長を信奉していた。

 

 安土城下で行われた馬揃えを、京都市中で行うように信長は命じる。場所の広さを考えて郊外で行うよう進言した近衛前久に対し、信長は内裏東隣の空き地で行うことを強行し、武威を背景に天皇の譲位を求めた。武力を背景に天皇が譲位することは悪しき前例を作ることになる。前久の戦が始まった。

 

  

*「麒麟がくる」では、「若き破天荒関白」のキャプションで近衛前久を演じた本郷奏多。今年は花山天皇役で「破天荒」(NHK)

 

 そしてもう一人、朝廷と信長を仲介しようと考える人物がいた。時の皇太子(東宮)妃である勧修寺晴子。子が5人もいるがまだ容色に衰えがない好奇心も旺盛な晴子は、東宮の使いで信長に会ってからその存在が気になり、武田家征伐にも同行して信長の気を引いて、ついには男女の仲になってしまう。

 

 次男北畠信雄は伊賀平定を成し遂げ、長男信忠は武田家を滅亡に追い込んだ。これで織田信長天下布武は明らかになり、朝廷は信長に三職推任関白、太政大臣征夷大将軍のいずれかの就任を求める)を行い、その中で征夷大将軍を受け上洛することが決まる。ところがこれは近衛前久が描いた乾坤一擲の「罠」。古くは大化の改新で、藤原氏の祖、中臣鎌足蘇我入鹿を宮廷に招いて斬殺した目論見を再現しようとしていた。

 

 前久は古くからの仲である明智光秀に実行役を迫り、源氏の流れを汲む明智光秀は勅命を奉じ決意する。足利尊氏後醍醐天皇に味方することを決意した篠村八幡宮で部下に打ち明け、京の間際「敵は本能寺」と軍を本能寺に向ける。そして毛利家と対峙している秀吉も、前久の意向に応じた。

  

 *ところがテレビ東京で制作したドラマ「信長燃ゆ」で、近衛前久を演じたのは寺尾聰。同一人物、同年代を演じた2人とは思えません(スポニチアネックス)

 

【感想】

 天下布武を狙う信長最後の壁、朝廷近衛家を筆頭とする藤原家は、天皇にまとわりついて自分で責任を取らない社会を作りあげていたが、現実主義者で合理主義者である織田信長は到底許せない存在。自身が朝廷を君臨して、帝はともかく公家社会は一掃することを意図していた。

 対して藤原氏「氏の長者」近衛前久は、公家社会を守る義務がある。周囲からは信長に迎合していると疑われるほど接近するが、その中で妥協点を探り、何とか譲歩を勝ち取ろうとする。しかし信長の決意が固いと見るや、一転して策略を巡らし明智光秀をけしかけて、本能寺の変を起こさせる。

 「ときは今」で有名な愛宕百韻と呼ばれる連歌の会。従来の解釈とは異なり、平家物語源氏物語を読み込んで謀反の決起を読み取ったのは秀逸。但し反乱の決意を源頼政になぞった解釈には疑問が残る。叛旗を翻したが、早々に敗死した頼政を、有職故実にも精通する光秀が自分となぞらえるだろうか。それとも頼政のように、自分は礎となってでも。源氏の再興を祈念したのだろうか。

 その中で誠仁親王夫人である勧修寺晴子という実在の人物を登場させて、最初は「武家」に対する好奇心だったのが、次第に信長に惹かれていく様を描いたのは読者サービスか。信長の征夷大将軍就任前夜に、光秀の謀反に気がつき、最後に夜の京の町を一人駈けて本能寺の信長に危機を知らせに行く。その姿は、坂本龍馬寺田屋の変で襲われた時、お竜が1人薩摩藩邸に駆け込んだ様子が重なる。そして当初「語り手」として登場した清麿や森蘭丸の弟、坊丸も途中で存在感がなくなってしまうのは残念。

 

  

*ドラマ「信長燃ゆ」で勧修院晴子を演じた栗山千明オリコンニュース)

 

 安部龍太郎は前作「戦国秘譚 神々に告ぐ」では、近衛前久正親町天皇即位の頃を描いた。足利義輝上杉謙信らと交流し、鷹狩りの趣味も持つ行動派の公卿は、本能寺の変のあと家康を頼り、家康と秀吉の和解を見届けてから、東求堂(銀閣)で長い隠遁生活に入り、大坂の陣を見ることなく77歳で死去。

 前久の子信基(信伊)は信長の死後秀吉の関白推戴に力を貸したために周囲からは冷たい目で見られる。朝鮮出兵に参加しようとして天皇から疎まれ薩摩に流されたりして、父親譲りの破天荒な行動をしつつ50歳で死去。

 勧修寺晴子は夫の誠仁親王が早世したため天皇にならなかったが、息子が後陽成天皇となり、上皇后として68歳まで長命した。

 

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