小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4 ワカタケル(雄略天皇) 池澤 夏樹 (2020)

*「鳥と犬」が印象的な表紙。本作品では女性を象徴していると思われます。

【あらすじ】

 第19代の允恭大王(天皇)の子として生れたワカタケル(若猛)王子。歯向かう相手はねじ伏せ、一撃を加え、そして剣で命を奪うのが信条。美しい女性とみればこれを欲してやまない。仕える者もちょっとしたことで命を奪われ、周囲からは恐れられていた。

 

 ある日美しい女性イト(伊都)とまぐわっていたが、顔のない、青い闇が広がる者にいきなり突き飛ばされる。頭に血が上ったワカタケルは突き飛ばそうとするが、あっけなくはじき返される。そして一刀両断にすべく剣を振り落とすと1度目は跳ね返されるが、2度目になると突然その男は消えて、振り落とされた剣はイトの身体を2つに割っていた。

 

 父が40年にも及ぶ長い治世の後、次兄の穴穂皇子が大王の位に就き、安康天皇となった。但し即位して3年後。安康天皇は皇子を殺害してその妻を皇后としたが、連れ子が事実を知り、父の仇として天皇を刺殺する。

 

 ワカタケルはその機に乗じて兄の黒日子を斬ることを決意するが、その途中で巫女のヰトから、同じく兄の白日子も命を奪うように告げられ、穴に埋めて命を奪う。ヰトはその後もワカタケルを支え、鳥を使って大王を暗殺した連れ子を探すと、かくまった大勢力の葛城一族を攻める。

 

  雄略天皇ウィキペディアより)

 

 先王の弔いを果たしたワカタケルに、初代大王の神武から「王位に就け」との神託を受ける。また葛城一族の祖でもある建内(武内)宿禰も、預かっている葛城の娘、韓媛を妃として一族の血を絶やさぬ代わりに、建内宿禰が王政を支えると約束する。

 

 叔母のワカクサカ(若日下)を大后とするために訪れる途中、不思議な犬と出会う。その犬、カラノは人を飼い主の敵と味方を誤りなく判断するという。そして対面したワカクサカは、ヰトと同じように未来を予見できる巫女であった。一目で気に入ったワカタケルは、ワカクサカを大后にするとともに自らも雄略天皇として即位する。

 

【感想】

 まるで土から生まれたような粗暴で野生児のワカタケル(後の雄略天皇。但し万葉集に歌が残されているように歌心も持つ。また埴輪や絹を作る職人に興味を持つなど、好悪の振幅と感情の起伏が非常に激しい。

 中国の「宋書」で、倭の五王の「武」とされた雄略天皇(ワカタケル)。兄の突然の死を利用して、ワカタケルは王位を狙うに邪魔者たちを次々と殺害する。対抗勢力を一掃したことによって、結果的に日本で最初と言われる強力な中央集権国家を樹立することに成功する。埼玉県の稲荷山古墳と熊本県の江田船山古墳から発掘された「獲加多支鹵大王」と刻まれた鉄剣が見つかったため、広範囲にわたってワカタケル大王の権力が広がったと考えられている。

[rakuten:kaitoriouji:22187393:detail]

黒岩重吾の「ワカタケル大王」は、即位するまでの物語。暴力の象徴とされる「青」は、こちらの作品では百済から来た間者として活躍します。

 

 本作品では最初は粗暴なワカタケルが、【あらすじ】のあと渡来人の李先生から国家や社会のしくみについて教わり、巫女のヰトの予言と意見に従い、建内宿禰の霊から国家の運営についてアドバイスを受けて、だんだんと大王としての器が大きくなっていくところを描いている。

 その中で巫女の2人、叔母のワカクサカとヰトの存在が大きい。皇后は「敵と味方を見返る能力を持つ犬」を与えられて、ワカタケルの政道に尽くす。稗田阿礼は太古からの倭国の歴史について語り、妃の韓媛は元からの許嫁の立場から、父の葛城を滅ぼしたワカタケルにも忠誠を尽くし、後の清寧天皇を生む。このように女性を中心とした「チーム・ワカタケル」が各自の能力を生かして、大王を支えていく。

 対して政治のアドバイスを授けるはずの建内宿禰は、ワカタケルから神功皇后の渡韓や三韓征伐の話について真偽を問うに、「大人の事情」を告げて口ごもるのは可笑しい。そして粗暴な行ないをそそのかす「謎の青い闇を持つ男」は、それまでの霊術的な政道から、武力による支配に移る過程を象徴している。

 ワカタケル即位直後は女性たちの言葉を聞いて国政も安定し、次第に朝鮮半島、そして宋国にも赴き爵位を求め、「倭の五王」の1人として認識される。新羅を攻め百済を助け、任那を維持していくが、そのために血を流していき、国内は疲弊する。

 本作品では、皇后ワカクサカがその様子を見て、自らが王位につくとワカタケルに宣言して対立する。逆上して打ち据えようとするワカタケルに、「敵」と判断した犬のカラノが体当たりする。一瞬うろたえるワカタケルだが、謎の青い闇を持つ男に導かれるまでもなく、自らの判断で皇后を斬りつけてしまう。

 女性たちに背かれた王朝は、その後皇太子、そして甥たちが継ぐが、さしたる成果を上げることができず、15代目から続いた応神王朝は25代目の武烈天皇で途絶え、その後現在まで続く継体天皇の皇統に移ることになる。そしてその物語を、稗田阿礼を継いだヰトが語っていく

 

 日本経済新聞に連載された本作品は、それこそ日本経済新聞の購読者を意識したかのよう。創業時はワンマンな社長が「女性活躍」の支えを受けながら、部下を上手く使って会社を大きくしていく。しかし会社が大きくなると積極派と堅実派(武断派と文治派)で派閥争いが起き、やがてワンマンでは立ちいかなくなり退場する様子を、男女の特性を用いて上手に表現している。

 

   *倭の五王系図山川出版社より)