小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 北風に起つー継体戦争と蘇我稲目 黒岩 重吾 (1988)

【あらすじ】

 雄略天皇(ワカタケル)が崩御してから大王の権威は代々弱まり、そして武烈天皇が後嗣を定めず崩御したため空位になる。新たな大王をどうするか、豪族たちの間で思惑が交錯する。

 

 雄略天皇に仕えた、軍事を司る「連」の姓を持つ豪族の大伴連金村と物部連麁鹿火(あらかい)の両豪族は、空位の時代を利用して自らの勢力拡大を目論む。両勢力の拡大を危惧する臣姓の平群、三輪、巨勢などの諸豪族は、対抗して連合政権を目論んでいていた。そして新興の蘇我臣駒は、雄略天皇が滅ぼした葛城氏の勢力を継承し、また百済王族の血を引く立場から将軍や五経博士を呼んで、軍事と文化の両面での勢力強化を図っていた。駒は息子の稲目と共に、大伴、物部の両巨大勢力を凌ぐ有力者の座を虎視眈々と狙っている。

 

 そんな中、近江から越前に至る巨大な領地を治める、応神天皇の血統を継ぐ男大迹王(おほどのきみ)は、強力な武力を背景に空位の大王の座を狙い、ヤマトに迫る。

 

 ヤマトを根城にする名門平群 (へぐり)臣。直情径行の性格を持つ後嗣の鮪(しび)はその動きに反発し、奇襲で男大跡王の軍勢を撃退しようと進言、父の真鳥は引きづられて決起するが、男大迹王は大伴金村と連携して迎え撃つ準備をしていた。平群軍は撃退されて、名門平群氏は滅亡してしまう。

     

 

 *何とも特徴的な容貌を持つ継体天皇の石像(ウィキペディアより)

 

 この勝利で男大迹王と大伴金村の勢いは増し、男大迹王の即位は時間の問題と思われた。しかし大伴金村の一方的な勢力拡大を望まない蘇我氏の首領、駒の息子である若き稲目が父に建策する。物部麁鹿火の側近、物部尾輿と手を組んで、男大迹王に反感を持つ中間勢力をまとめあげ,その上で男大迹王をヤマトに招き即位させれば、蘇我と物部を無視できなくなる。この巧絶な建策を入れられた稲目は、早速物部尾輿と会い、譲歩をしながらも政策と婚姻で共同歩調をとり、そして大伴金村の独走に反感を持つ豪族たちをまとめ上げる。

 

 男大迹王はそんなヤマトの情勢をじっと見つめ、機が熟するのを待っていた。

 

【感想】

 古代を舞台とした小説となると、黒岩重吾の独壇場となる。同じ人物を扱っても違う作者で適当と思われる作品があれば、それを優先しないと「黒岩重吾くくり」となってしまいます(黒岩重吾てくくると「古代20選」が成り立たなかったww)。

 それでも謎に満ち、かなり地味な(?)継体天皇(男大迹王=おほどのきみ)を主人公とする作品を描くのは、黒岩重吾をおいて他にはいない。「王朝3交代説」の最後の交代と言われ、現在の天皇家につながる皇統の祖となる継体天皇記紀を編纂した当時の天武朝の政府が、「万系一世」の皇統を意識して、応神天皇を祖とする別系統と「無理やり繋げた」とも言われる。ちなみに「継体」とは中国で「継体持統」と言われる普通名で、血統を維持することを意味し、もう1人の「持統」天皇は、天武系の皇統をつなぐために即位したと言われている(私はそうは思っていないが)。いずれにしても、ヤマトには全く縁がなかった継体天皇が、武力を背景にヤマトに乗り込んで大王に即位するのだから、何かしらの 「争い」はあったはず。

  

 *応神天皇から繋がる皇統ながら、余りにも遠い血筋の継体天皇系図。気のせいか家康を祖とする徳川将軍家と8代吉宗を表す系図に似ています。(日本経済新聞より)

 

 そこを黒岩重苦は、名門平群氏の滅亡を分水嶺として描いた。越前とも近江とも言われる地域の豪族であった男大迹王。本来ならばこの戦いの勝利を機に、ヤマトに乗り込んで即位する状況は整ったと思うのだが、ここで蘇我稲目という若い「策略家」を登場させる。男大迹王を頭に抱き、大伴、物部、そして蘇我とまるで「三国志」の諸葛孔明のような戦略を描いてみせる。先行する大伴氏に立ち向かうために、稲目は物部と手を組み、そして中間勢力を糾合して対抗する。但しそのためには、幼い妹と最愛の妻を物部氏に差し出すという屈辱にも耐えなければならない。このあたりは「直情径行」で滅亡した平群民の鮪と鮮やかな対比として描かれ、稲目が持つ「政治家」としての資質を見せつける。

 このような「巧緻」ともいえる策謀に呼応するように、男大迦王はまるで徳川家康のように我慢強い性格を見せる。早くからポイントを新興の蘇我氏と見て、蘇我氏が自分の旗に参じる情勢となるまで、じっくりと待つ。「外様」がヤマトに入り、名門意識を持つヤマトの豪族たちの上に立って大王として君臨するには、有力豪族の全てが推戴するまでは受けないと固く決心している。

 その結果、現在まで長く続く「継体王朝」の礎を築くことができた。初読の時は、歴史小説なのに戦いを避けて(?)、権謀術数ばかり繰り広げる展開に正直閉口した。しかし改めて読むと、よくこのような「地味な」展開で、これだけ読ませる小説を書いたなと、作者の技量に感服する。

 その情勢を、武力を使わずに作り出した若き蘇我稲目。その力量は後の藤原不比等を連想する。蘇我氏はその後、子の馬子の代で物部守屋と戦って物部氏を滅ぼし、蝦夷、そして人鹿と天皇家を圧迫するほどの勢力を有するも、蘇我稲目並みの策略家である不比等の父、中臣鎌足によって殺害される運命となる。

 時代は呪術による支配から力と権謀による支配に移る過渡期でもあった。そしてこの時代から、呪術を操る女性の支配者もいなくなる。

 

*この後息子の蘇我馬子が物部と対決。蘇我氏が覇権を握ります。