小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4-2 国盗り物語② - 織田信長編 (-1966)

【あらすじ】

 どうしても斎藤道三に勝てない織田信秀は、美濃との和睦を図り、世継の織田信長の縁談を道三に申し入れる。信長は尾張では「うつけ殿」として評判の馬鹿殿で、信秀が急逝して家督を継いだ後も素行の悪さは改まることはなかったが、道三は常識にとらわれぬ信長の資質を見抜いた。愛娘の帰蝶を信長に嫁がせて、以後は信長に対して、自ら学び取ったものを惜しげもなく教示していく。そんな道三は、世子だが土岐頼芸の子である義龍と対立していき、信長に美濃一国を譲るという遺言状を残して戦死する。自身の果たせなかった天下取りの夢を信長に託して、徒手空拳で美濃一国を手に入れた梟雄はその生涯を終えた。

 

 いま1人道三は信長と同じく、その器量を高く見込んだ者がいた。甥の明智光秀に対しても、道三は自ら薫陶を与えていた。才覚を惜しんだ道三の命によって美濃を落ち延びた光秀は、貧窮の中家族に苦労をかけながらも諸国を流浪した末に、足利将軍家の知己を得て、世にでる足掛かりを得る。光秀は幕臣細川藤孝らに従い、室町幕府の再興に尽力するも、同じ頃織田信長桶狭間の戦いで大大名・今川義元を見事に討ち取った噂を耳にする。

 

 亡き道三が目にかけ、また密かに想っていた帰蝶が嫁いだこともあり、信長をライバル視していた光秀は、その劇的な勝利に衝撃を受ける。信長は次いで美濃を攻め、道三が心血を注いて築城した稲葉山城を落としたことで、光秀は信長の力量を認めざるを得なかった。信長の名は天下に轟き、稲葉山城下を岐阜と改め、かつて通三が天下取りの端緒を見定めた肥沃の地を手に入れた。

 

   織田信長ウィキペディアより)

 

 将軍足利義輝が暗殺された後、光秀は弟の義昭を救い出して新将軍に擁立するべく奔走する。光秀は越前の朝倉義景に庇護を頼むが、義景には上洛する気がないため、信長に将軍擁立を頼むことを決断する。道三の弟子2人がついに邂逅するが、光秀は信長の、中世的で非合理な社会を徹底して破壊しようとする考えに驚嘆する。それは室町幕府を再興しようとする光秀と相対するものだった。道三が信長に目をかけた理由を得心した光秀は、次第にこの男は天下を取るやも知れぬと考えるようになる。

 

 しかし飾り物にされた義昭は憤慨し、反織田同盟が形成されていく。甲斐の武田信玄が上洛を図るという噂が駆け迷ったが、信玄は進軍途中に突然の病に倒れて急死し、光秀は信長の強運に驚嘆する。信玄の死を知らずに挙兵した義昭は信長の猛反撃を受けて京を追放され、室町幕府はここに滅亡した。続いて信長は仇敵であった浅井・朝倉両氏も滅ぼし、長篠の戦いでは信玄亡き後の武田軍を壊滅させ、本願寺の一向衆も十年余に渡る長期戦の未に屈服させることに成功する。

 

   信長は統一事業を進める中で、阻む者を容赦なく推し潰していき、家臣たちも道具にしか扱わぬ非情な振る舞いに光秀は戦標する。光秀の神経は病み始め、信長が僅かな供回りを連れただけで京の本能寺に滞在することを知ると、光秀はついに信長に叛旗を翻すごとを決断する。

【感想】

 文化、故実、そして武芸と全てにおいて秀でて、かつ新しい社会を切り開いて構築する頭脳と「合理性」を併せ持った道三。その知識の面で道三に近い明智光秀と、新たな時代を切り開く「合理性」に秀でた織田信長の2人は、まさに道三の分身のようだが、そのために運命は交わり、やがて反物質のように衝突する。有職故実に秀でた光秀は自らの教養に縛られて非情には徹しきれない。対して合理主義に特化した信長は、周囲より酷薄に見られて、人心を掌握しきれない弱点を持っている。

 そして司馬遼太郎は、途中から信長の心中を自ら語らせることを抑える。その代わりもう1人の主人公である光秀に、信長の狙いを推測させる形をとって物語を進めていく。そのため信長の真の心の内がわからないまま、光秀は「最悪の事態」を想像して、結局は本能寺の変に突き進むことになる。酷薄が故に旧弊を破壊して新たな時代を切り開いた信長。常識に囚われて新たな時代を切り開くことができなかった光秀。時代は信長の後継者に、光秀ではなく秀吉を選んだ。斎藤道三の愛弟子二人は、その対照的な資質を共に受け継いだがために、衝突して共に散ることになる。

 戦国乱世の中で、徒手空拳から自らの才覚を頼みに、躍動を続ける「斎藤道三編」。対して理性的ながらも疑心暗鬼の心の動きが伴う、明智光秀の視点を中心とした「織田信長編」。周囲の評価では司馬遼太郎の作品で、最も破綻が少ない作品とされているが、前半と後半で色彩はまるで異なる。

  明智光秀ウィキペディアより)

 

 道三から信長そして光秀に連なる流れを捉えたのは余りにも見事で、信長と光秀を描くことで前半の斎藤道三の人物が更に際立っていく不思議な作品となっている。前半と後半に大きな断層を感じつつも、強い繋がりが物語の主軸となっていく。歴史の「妙」を感じ入った物語だった