小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 日本大変(三野村利左エ門) 高橋 義夫(1997)

【あらすじ】

 アメリカとの条約取り交わしの一員として渡米した小栗上野介忠純は、帰国後幕府最後の勘定奉行となる。父が庄内藩から出奔して小栗家に仕えていた縁で知遇を得ていた金平糖売りの利八は、小栗からの情報を自分なりに吸収して、次第に商人としての頭角を現わして、両替商を営むことになる。利八は小栗から、海外と日本で金銀の交換比率が異なることから、金が大量に流出を招いている問題を聞く。そこから銀の改鋳が近々行われると判断して、小判を大量に買い占めて巨額の富を得ることに成功する。

 小栗は幕藩体制が危うい状況の中で幕府の維持と強化のために経済危機に立ち向かい、利八は三野村利左衛門と改名し、商才と小栗との縁を見込まれて、三井両替店を建て直すために入店することになる。

 

【感想】

 江戸時代に繁栄が続いた両替商。金・銀本位制が続いたため、金と銀の「両替」は必要不可欠な商売だったが、明治になって金本位制となると、両替商の存在意義はなくなる。そして江戸時代からの「豪商」は数少ない例外を除いて衰退の一途を辿ることになる。その中で偉大な「例外」となり、今日まで続くことになる三井財閥は、どのようにして乱世の幕末を乗り切ったのか。

  *三野村利左衛門(三井広報委員会HPより)

 

 その立役者である三野村利左衛門が、元々三井の人間でも、さりとて有益な身分の人間でもないことを本作品で初めて知って驚いた記憶がある。まるで紀伊國屋文左衛門の立身出世劇を見ているかのよう。金平糖売りから始まった商売の道だが、そこに小栗上野介という幕末の「巨星」との繋がりを持つという、これもまた「偉大な」偶然が作用した。

 三井に入店した当初は、古参の店員が多く軽んじられたが、幕府から新たに巨額な御用金を求められた際は、小栗との伝手も使って減免交渉を行い、見事成功する。また三井の横浜支店で巨額の欠損が生じた際は、幕府の御用金の残金を小栗から示唆されて運用した三野村が欠損を補填して、三井本体を救うことになる。これらの手柄により「中途入社」ながら、伝統としきたりの三井で異例の抜擢を受け、実権を握ることになる。

 小栗が幕閣で失脚すると、三野村は幕府に見切りをつけ(二股をかけ)、新政府への資金援助をいち早く決断し「政商」への道を歩むことになる。一時は新政府の意向に従い、独自路線を断念して日本最初の銀行である第一国立銀行の悦率に協力することになるが、同時に「三井」としての銀行を設立する願望を捨てきれず、共同出資した小野組を陰から(?)倒産に追い込み、三井のための銀行設立に執着する

 「越後屋三井呉服店三越)」から発展した三井グループは、幕府の御用商人として豪商に成長し、そしてその地位を明治政府まで引き継ぐことに成功した。この点は財閥を作らず自由な立場に固執した旧幕臣渋沢栄一、反対に自分の王国を築き「専制君主」となることを望んだ三菱の岩崎弥太郎と比べると面白い。三井は伝統もあり、他の豪商に負けずにプライドも高かったが、他の豪商と異なり部外者の三野村利左衛門をスカウトする「懐の深さ」もあった。

 そして三野村もその期待に応えた。新参者でなかなか思うように行かない時期もあったが、実力と「運」によって三井の危機を脱して、グループを新たな方向に導く眼力も備えていた。字はひらがなしか読めず、丸ばかり書いていた逸話があるも、バカにされてもどこ吹く風。相手を油断させて、誠心誠意尽くして懐に入り、そしていつの間にか相手が身動き出来ない状態に追い込んで、食い込んでいく。

 三野村は独立する実力があったが、終生三井に尽くした。そのために日本経済全体を考える渋沢とは対立関係になる。しかし三野村が手がけた銀行と物産は、その後三井財閥の中核として牽引することになり、「三井の番頭さん」に徹した生涯は他の豪商と運命を分かち、今日まで続く隆盛を築きあてた。その姿勢は立身するきっかけとなり、最後は刑死した小栗上野介を終生慕い、その遺族が「なぜ三野村さんはここまで面倒を見てくれるのか」と疑問を持たれるほど示し続けた厚意にも表われている。

   *小栗上野介忠順