小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 時代の十歩先が見えた男(小林一三) 北 康利(2014)

【あらすじ】

 明治6(1873)年、現在の山梨県韮崎市、後に「甲州商人」として名を馳せる地域に商家として生れた小林一三は、慶応義塾を経て三井銀行に就職する。周囲から期待されるも「堅い」職業である銀行員には合わなかったようで、無聊をかこっていた。そんな時かつての上司から、大阪に設立する証券会社の支配人としてスカウトされ、15年勤務した銀行を退職する。

 ところがその証券会社は設立に至らず、妻子を抱えて失業してしまう。そこへ箕面有馬電気鉄道が苦境にあると話を聞いて、資金援助の口を効いてそのまま専務に就任、将来性があると睨んだ鉄道業に進出することになる。それまで運賃収入しか考えられたかった鉄道会社に、不動産やデパート、そしてレジャー産業など「乗客は電車が創造する」との名言通りに様々な事業を興して、シナジー効果を生みだした。後の私鉄経営のモデルともなり、阪神地域を全体的に発展させた「阪急グループ」創始者の物語。

 

【感想】

 奇しくもタイトルが前作「わしの眼には十年先が見える」と似ているが、こちらも前作同様、主人公が残した言葉から取ったもの。小林の言葉は「100歩先は狂人扱い、50歩先は犠牲者、10歩先が成功者で、現在を見抜けぬものは落伍者」と味わいのある言葉が並んでいる。

   小林一三ウィキペディアより)

 

 そんな主人公の小林一三は、日本の歴史上でも傑出した「アイディアマン」と見られ、比較する人物を重ね合せて「今太閤」と呼ばれた。逆境でも決して諦めない「鋼のメンタル」を持ち、アイディアで逆境は必ず打開できると信じた楽観主義者。日本国内で後々のモデルとなった、数多くの事業を興して成功させ、また異業種を相乗効果によって、相互に発展させていった。

 鉄道経営については駅周辺を、高級住宅地を目指して宅地開発をする。不動産売却と人口増加による鉄道乗客の増員、そして高級化による地域全体のイメージ強化などを目論んで、見事に成功させた。またデパートも全くの素人ながら、駅前の好立地を活かして経営に乗り出し、敢えて規模を大きくさせて最上階を食堂とする「シャワー効」をもたらす。ライスに無料のソースをかけて食べる客を店員は利幅が居薄いと嫌がったが、小林は将来のリピーターを考えて厚遇し「ソーライス」として宣伝するなど、様々なアイディアで名門デパートに育て上げた。また宝塚歌劇団東京宝塚劇場(後に略して「東宝」として発展)などの娯楽産業に進出して成功を収めていく。

 即断即決の性格。人から頼まれてもダメと思ったら、それまでの経緯や相手の立場などは考えずにその場で断る。その代わり興味を持ったら、持ち前のアイディアを活かして必ず成功に導く。そのため小林に事業の再生を依頼する財界人は多かった。その1人が慶応から三井銀行の先輩である池田成彬東京電灯(当時、電力会社は乱立状態だった)が放漫経営と政治家絡みの思惑で経営が行き詰まり、メイン行の三井銀行も看過できない状態に陥っていた。そこで池田は小林に再建を託す。小林は東京は地盤ではないと、大先輩の頼みもあっけなく断るが、池田も手を変え品を変えて「再三の」頼みにやむなく応じる。応じたら全力で尽くし、阪急グループから退任して退路を断って、経営が錯綜していた状況を快刀乱麻に解決し、再建への道筋をつけることに成功した。

 この成功は小林の東京進出、そして政界進出をもたらすことになる。第2次近衛内閣で商工大臣に就任し、当時の統制経済から、財界人が希望した自由主義経済に舵を取ろうと画策する。但しこの時の商工次官は統制経済そして官僚の「権化」とも言えた岸信介安倍晋三の祖父)。主義主張は全て対立し、岸は辞職するも軍部と結託して小林の追い落としに成功する。

 小林は「大臣失格」と自嘲するも、そのため戦後の戦犯容疑を免れることになった。同じように、戦後吉田茂首相から国鉄の初代総裁を打診されて応諾するも、ふたを開けたら、決まったのは鉄道省出身の下山定則。小林は不満だったが、後に「下山事件」で初代総裁は謎の死を遂げ、結果論だがここでも運の強さを見せつけることになる。

   *下山貞則(ウィキペディアより)

 

 このように自由な発想が与えられる環境では無尽の才覚を発揮するが、銀行や政界、官界では周囲の追い落としや厳しい目に対応できず、実力を発揮できなかったようである。但し日本経済、そして日本の社会や文化などに与えた影響は非常に大きい。そしてその鋼のメンタルと楽観主義、アイディアマンといった資質は、東宝の家系から生れた曾孫の松岡修造にも引き継がれている。

 

*こんな人が創設した電車だから、このような小説が生まれたと思ってしまいます。