小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 昭和の刑事シリーズ 堂場 瞬一 (2018~2019)

 

 警察小説を通して日本の各地の風景を描いてきた堂場瞬一だが、今回は時間軸を動かして、昭和の警視庁を描くことに取り組んだ。

 刑事としての仕事に誇りを持って、事件を追う高峰。特高警察として疑問を持ちながらも弾圧に手を貸し、戦争が終わってその過去に苦しむ海老沢。2人の幼馴染が警視庁の中でそれぞれの居場所を見つけながら、その立場のために袂を分かつことになる。

 第1作「焦土の刑事」。戦争末期。空襲時に防空壕で連続して発見される女性の刺殺死体。「戦局を鑑みて」上層部は事件のもみ消しに走る。そのまま終戦となるが同様の事件が発生する。高峰は終戦により立場が変わり、揉み消しを指示した当時の責任者を責め、捜査を進める(責任者は自殺する)。

 一方特高警察で舞台の台本を検閲していた海老沢。実は幼馴染の高峰と共通の友人小嶋から紹介されていた舞台や映画が大好きだった。その禍根もあり戦後は抜け殻のように生活している。そこへ妹が猟奇殺人の被害者になってしまい、海老沢はショックを受ける中、元特高の伝手から警察への復帰を求められる。

 第2作「動乱の刑事」。昭和27年、サンフランシスコ講和条約が発効される直前に派出所が爆破され、警官が1人死亡する。もう1人の死体は身元不明。捜査一課の高峰は共産党過激派の犯行と睨み捜査を行うが、同じく過激派の動向を探る公安一課の海老沢と対立することになる。

 犯人を捕まえることで市民にとっての安全な社会を目指す刑事の高峰と、過激派や暴徒など、国家転覆を目指す勢力を削ぐことで国民の安全を目指す公安の海老沢。目指す方向は同じはずだが1つの犯罪を境に相反し、その後刑事部と公安部の対立に広がり、幼馴染の2人も袂を分かつことになる。

 

 

 第3作「沃野の刑事」。1970年、高度経済成長を経て、経済大国という「沃野(よくや:地味の肥えた平野)」に成長した日本。その中でともに所属課の管理官というナンバー2に出世した高峰と海老沢。そんな時共通の幼馴染で雑誌編集長になった小嶋の息子が自殺したニュースが飛び込む。商社に入社して1年目だったその息子の自殺は、地検特捜部も加わり、自衛隊次期戦闘機の汚職事件に発展していく。

 幼馴染の3人も管理職になりともに定年間際。それぞれが組織に取り込まれ、組織を代表する形となり、個人として交じり合うことはできず対立する。そして対立を乗り越え、各自が自分の立場でそれぞれの「やるべきこと」を成し遂げた時、時代を象徴する「大事件」が発生し、強烈なフィナーレを迎える。

 佐々木譲の「警察の血」を思わせる「警視庁サーガ」。そして事件そのものよりも「昭和」の時代を描くことが中心となっている。特に特高から公安へと取り込まれる海老沢の姿は、そのまま、警視庁における公安部の創成から発展を描いている。

 今の世代ではピンとこない、終戦後の労働争議から共産主義過激派による国家転覆活動を守る大義名分のため、「どのようなことをしても」国家を守る使命を抱く海老沢

 そして第3作では警察OBもからむ疑獄事件に関わる。今まで守ってきた日本という国家。それが果たして守るべきものなのかという問題にも向き合う。対して高峰に迷いはない。戦中には軍部の意向が最優先され時に捜査の邪魔も入ったが、終戦を迎え「軍部の意向」が時に自殺という形で引っ込んだため、自分の進む道に疑おうともしない。そんな戦後の象徴、例えばソニー井深大盛田昭夫、そして本田宗一郎と同じ向日性を持った人間像になっている。

 

 

 埃っぽくて汗臭く、人の吐息が熱く感じられた時代。空は戦闘機によって炎に包まれ、戦後になるとスモッグや排気ガスに覆われていく。戦後の混乱は労働争議から安保闘争へ、そしてモーレツ社員からエコノミックアニマルと変貌し、「ジャパン・アズ・No.1」と呼ばれた熱気に巻き込まれる。

 それらはバブルで最後のあだ花を咲かせ、平成の開幕とともにしぼんでいく。人々の熱気は急速に落ち込み、人間関係は希薄になり、小綺麗なオフィスで淡々と仕事を進めていく反面、社会は混迷の時代へと移っていく。そんな平成も終わりを迎える時期に、今と違う熱かった時代、「昭和」を見事に描き切った。

 

   澄む空や 昭和は遠く なりにけり